「地球はとっても丸い」プロジェクトの面々が心を込めてお届けしたエッセイです。
第1回 ルンバ・ルンバ
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    連載「キューバ日記」
    文:夏樹(フランス・パリ)


    ルンバルンバ
    挿絵:Aconcha Sanz Averhoff


     …15世紀末、コロンブスによって発見されたキューバ。先住民は、スペイン人植民者たちに酷使されて全滅。代わりの労働力としてアフリカ人奴隷が連行され、三角貿易が栄えた。その後、中国人、インド人が出稼ぎにやって来た。
     キューバの混血性、私はこれに魅かれた。黒髪の人、金髪の人、肌の黄色い人、黒い人、それぞれが自分と違う文化土壌をもった隣人と手をつなぎ、友情を育み、恋をしてできた子供達の文化であるということに。


     キューバには、“踊れない人”というのは存在しないらしい。どんな堅物でも、三段腹のおばちゃんでも、足の悪いおじいさんでも、自分の踊りをもっている。

     代表的ダンスといえば、ルンバとサルサだ。サルサは、バーやディスコ、道端でも見かけることがあるが、アフロ・キューバン系ダンスであるルンバはそうはいかない。あくまで“内輪の”、しかるべき場所に行かなければ見られない、ちょっと秘密っぽいところのあるダンスなのだ。

    「せっかくだから、ほんまもんのルンバを体験したい!」と、人に会うごとに言っていた私は、サンテリア教(注1)の巫女が自宅で聖人祭を祝うという情報を得て、友人と連れ立って行ってみた。ルンバを見られるにちがいない、と直感したのだ。 

     お祭りは盛況なようで、会場からはみだした人々が廊下を占拠していた。まだ陽が高いというのに、かなり酩酊して千鳥足の人もちらほら。玄関をくぐると、神々オリシャ(注2)を祀った祭壇があり、中央には水牛の角らしきものがそびえ立っている。その周りには、かんなクズが入っている瓶、小鳥の羽毛、なぜかバービー人形、カラフルな貝殻、赤いろうそく、香油の入った瓶などが、お供え物として所狭しと並んでいる。祭壇の周りにしめ縄が張ってあるところは、一見、日本の神社のようだ。

     隣の部屋では三人の男性がバタという太鼓を叩いていて、その横に、数人のコーラスが陣取っている。ミュージシャンに向かい合って、部屋一杯の人々が、半ば目を閉じて、軽く足踏みをしている。ルンバの始まりだ。

     バタのリズムは、ひそひそ囁くように、みんなの心にアフリカを呼び起こす。アフリカ人の血が混ざっていないキューバ人は少ない。アフリカはみんなの故郷、共通の思い出。

     カリブ海行きの奴隷船がアフリカを出発するにあたって、奴隷商人がいちばん恐れたのは、船内で反乱が起きることだった。そこで、同じ言語を話す、同郷の奴隷たちは、皆、離れ離れにされた。言葉、名前、家族、自分を確認する手だてのすべてが剥奪されたという。でも、そんな彼らにも、残されたものがひとつだけあった。そう、それはリズム。楽器がなくても、壁を叩くだけで、足で床を鳴らすだけで、リズムは作ることができる。ふたりだったら、三人だったら、もうりっぱなポリリズム(注3)。キューバのパーカッショニストには、両手両足、それぞれ違う四種類のリズムを同時に叩けるような強者がざらにいるそうだ。奴隷船に乗って運ばれたアフリカのリズムは、五世紀経った今、元気に生き続けている。

     狭い部屋に熱気がたちこめ、観衆もすっかり盛り上がってくる。雰囲気は完全にアフリカと化す。時に「ヨルバ!」、「オリシャ!」という叫び声が聞こえる。ヨルバというのは西アフリカの現ナイジェリア付近にいた部族ヨルバのことで、キューバに強制連行された多くの奴隷の出身地だ。そして、三つのバタのリズムは、ヨルバ語の響きを再生するという。隣の女の子のステップを横目で見ながら、私も体を揺らしてみる。見栄も自意識も投げ捨ててしまえば、あとは、何も考えずにリズムの波間に身をまかせるだけだ。

     インスピレーションの湧いたカップルが、皆の前のステージに、踊りながら進みでてくる。サンテリア教にはたくさん神様がいるので、それぞれ、自分がひいきにしている神様の仕草をダンスで表現する。例えば、火の男神チャンゴを演じるなら、燃え盛る炎になったつもりで、思いっきりクネクネする。海の女神イエマヤに変身したつもりなら、波のようにザブーン、ザーンという感じで登場してきたりする。そして、片方が「こんなのできる?」と、挑戦的な視線をなげかけつつ、複雑な踊りを披露すると、相方は「そんなの簡単!」というノリでもっとアップテンポに踊ってみせる。音楽が激しくなるに連れて、女性のダンサーは手足をちぎれんばかりに振り回し、だんだん白目がちになってくる。トランス状態に入りつつあるのかもしれない。男性のダンサーは、どこか醒めている感じがする。

     やっぱり芸の道は厳しい。上手い、下手は厳然として、それはもう過酷に存在する。「ああ、この女の子、覇気が衰えてきたな」と思うと、男性の方がポンと女の子のお尻を叩いて、あっけなく終わってしまった。そして、女の子の方は「あーあ、負けちゃった」という感じで、ちょっときまり悪そうに舌を出しながら引き下がった。

     女は男を誘惑し、男は女を追いかける、そんな男を女は焦らすという世界共通の恋愛バトル、それが、即興ダンスの競い合いという形で演じられる。だから、お尻を触られてしまった女の子の方が負けという結末で終わったらしい。

     ルンバでは、人間、ひいては生きとし生けるものの性が、まったく悪びれずにあっけらかーんと演じられる。そこには、性に対する罪悪感や、内にこもった疾しさは皆無だ。

     こんなに素直な気持ちで、リズムに身をゆだねて踊ったのは、ひさしぶりだった。

    (注1):サンテリア教:アフリカの土着信仰とキリスト教の混交宗教
    (注2):オリシャ:サンテリア教の神々。それぞれ森、川、嵐、海、風など森羅万象を象徴する。約40人実在するらしい。
    (注3):ポリリズム:複数のリズムパターンが同時に演奏されることによってできあがる複合リズムのこと。



    ≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
    フリーランスライター。在仏18年。2005年、数ヶ月キューバに滞在。他のカリブ海諸国(マルチニック、グアダループ、ドミニカ共和国)にも滞在経験あり。「重態」のカストロ書記長が事実上引退してしまった今、キューバもリベラリズム経済の波に呑み込まれていってしまうのかもしれない。そうなる前に、社会主義革命の名残をとどめるキューバについて記しておきたい。

    ≪Aconcha Sanz Averhoff (アコンチャ サンズ アヴェロフ)≫
    画家、彫刻家。1946年、ハヴァナ生。中国人とアフリカ人の血を引く家庭に生まれる。サンテリア教のマジカルワールドをテーマにした作品を中心に制作し、ヨーロッパ各地で個展、グループ展。著書に、キューバ革命からフランスに亡命するまでの彼女の半生を、爆笑エピソードと美しいイラストで綴った『L' appel des orishas』(邦題 オリシャが呼ぶ)http://www.aconcha.com

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    第2回 サルサが始まる時間
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      連載「キューバ日記」
      文:夏樹(フランス・パリ)


      挿絵:Aconcha Sanz Averhoff
      挿絵:Aconcha Sanz Averhoff

        サルサは、フランス人入植者が輸入したヨーロッパ風社交ダンスと、アフリカのリズムから生まれた。19世紀初頭、「淫らで扇情的」という理由で、カトリック教会から槍玉に挙げられたことがあるという、いわくつきのダンスだ。夕方のハバナ旧市街を散歩していると、開け放たれた家の中からサルサが聞こえてきて、お父さんとお母さんが踊っていたり、お祖父ちゃんと孫娘が踊っていたりするのを見かけることがある。さっきの兄弟喧嘩も、お父さんの浮気も、お母さんのヒステリーも全部うっちゃっておいて、日が暮れると、誰が合図するということもなく、ダンスが始まる。そして時には、街角で、舗装されていないデコボコの夜道をものともせずに、たくさんのカップルがくるくる踊っているという、夢のようなシーンにでくわすことがある。それはもう、恩寵(おんちょう)と言ってしまっても言い過ぎではないくらい、美しい。

       私達は、ハバナの旧市街にあるメルセデスの家に泊まっていた。ある日、出先から帰って来ると、近所の子どもたちがたくさんいて、メルセデスは、その真ん中でお話を読んであげているところだった。町会長である彼女の家で、定期的に開かれる子ども集会ということだった。

       みんなでおやつを食べたあと、息子のクリストバルがサルサのレコードをかけた。すると、7、8歳の小さな子どもでもけっこう立派に踊り出す。ステップはおぼつかなくても、大人の真似をしながら体を揺らして、さまになっている。その横では、おしめをした赤ちゃん同士が抱き合って足踏みしていたり、大きい子が小さい子の手を取ってリズムを教えてあげたりしている。年頃の女の子たちは、精一杯胸を突き出して、すっかり「おとなの女」になった気分で踊っている。

       踊りの輪がだんだん家から道へとはみだして行く。「あれあれ、子どもの集会だったんじゃなかったっけ?」と思うが、付き添いのお母さんたちが、近所の若者やおじさんと踊り始めたのだ。家の中のステレオの音量では事足りなくなる。お向かいに自動車修理場があり、そこの車のステレオから、ヴォリュームをあげたサルサが聞こえて来る。ようやく陽が暮れ、濃いインクのような闇がたれ込めてくる頃、メルセデス家の前の通りは巨大なダンスパーティー会場と化した。みんなが踊りだした。たまたまそこを通りすがったタクシーの運転手から、並びの八百屋さんから、帚で表を掃いていた隣の小母さんから、もう一人残らずだ。

       こういう、自然発生するダンスパーティーを「ペニヤ」というが、どこで、いつ始まるかはまったく予期できない。しかし、実は、これこそがアフリカから連行された奴隷が子孫に伝えたダンスの生の姿らしい。

       スペイン人入植者は、奴隷が過酷な労働条件に抗議して、反乱を起こすのを極度に恐れていた。そこで、緩和策としてダンスを利用することを思いつき、ストレス発散のために「日曜日と祭日はダンスの日」と定め、他の日に踊ることを禁止した。ところが、奴隷たちは、この規則を無視する。徹底的に無視して、夜中に踊る。懲罰に値すると知っていながら。

       彼らにとってダンスとは、神々オリシャとの交感そのものだからだ。「日曜日と祭日しか踊っちゃいかん!」なんてお上に勝手に決められても、そうはいかない。神々と共に霊感が訪れれば、何曜日であろうがダンスは始まり、人々は踊りながら家の中から玄関へ流れ出し、そして通りへと移動し、通りから広場へと踊りの輪を広げていく。ダンスは私達を枠に閉じ込めようとする力、規制しようとする力、あらゆる権力に対する、優雅な拒否と化す。

       こんなことがあった。ある夕方、メルセデス家で、みんなでクーバリーブレ(ライム汁1⁄6、ラム酒2⁄6、コカコーラ3⁄6、氷)を飲んでいた。うちの子がしゃっくりをし始め、どうやっても止まらない。水を飲ませ、背中を叩いても止まらない。しゃっくりは、数秒おきに、正確に間隔をあけてやって来る。ヒック…ヒック。そうすると、それがリズム、ダンスが始まる合図になって、誰かが手拍子であいの手を入れた。すると、みんながスプーンやお皿、フォーク、ナイフ、コップからバケツまでありとあらゆる音のするものを手に取り、しゃっくりに合わせて叩きだした。ヒック、ヒック、タンタン、タタタ、タンタン、タタタ

       誰かが叫ぶ。「サールサ!」

       威勢のいいトランペットがステレオから飛び出し、そして、みんなが踊りだした。

       音楽と日常のこんな素朴な関係、私はこれを、「幸せ」のイメージとして、心の奥底に大切にしまってある。

      参考文献:Gabriel ENTIOPE, Nègres, danse et résistance -La Caraïbe du XIIè au XIXsiècle, Ed. L’ Harmattan, 1996   


      ≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
      フリーランスライター。在仏18年。2005年、数ヶ月キューバに滞在。他のカリブ海諸国(マルチニック、グアダループ、ドミニカ共和国)にも滞在経験あり。「重態」のカストロ書記長が事実上引退してしまった今、キューバもリベラリズム経済の波に呑み込まれていってしまうのかもしれない。そうなる前に、社会主義革命の名残をとどめるキューバについて記しておきたい。

      ≪Aconcha Sanz Averhoff (アコンチャ サンズ アヴェロフ)/プロフィール≫
      画家、彫刻家。1946年、ハヴァナ生。中国人とアフリカ人の血を引く家庭に生まれる。サンテリア教のマジカルワールドをテーマにした作品を中心に制作し、ヨーロッパ各地で個展、グループ展。著書に、キューバ革命からフランスに亡命するまでの彼女の半生を、爆笑エピソードと美しいイラストで綴った『L' appel des orishas』(邦題 オリシャが呼ぶ)http://www.aconcha.com
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      第3回 公安委員がドアを叩いた夜
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        連載「キューバ日記」
        文:夏樹(フランス・パリ)  

        アコンチャ・サンズ・アヴェロフ作
        挿絵:Aconcha Sanz Averhoff 

         私たちが下宿していたメルセデスの家は、「ハバナ銀座」ともいえるプラド大通りから一本入った、下町風の地区にあった。いつも涼しい潮風が吹き抜ける、気持ちのいい通りだ。

         近所の子どもたちは、道のまんなかでサッカーをしながら走り回っていて、若者たちは故障した車のバンパーをのぞき込んで、ペンチ片手に大きな声で議論している。奥さんたちは外に椅子を出してマニキュアを塗ったり、泣いている赤ちゃんをあやしたり。熟年男性は歩道に机を出して、ラム酒をちびちびやりながらドミノに熱中。生活が家の中からはみ出して、路上で繰り広げられている。私はこんな風景が好きだ。

         女ひとりで10歳になる息子クリストバルを育てているメルセデスは、下宿屋をしてどうにか日銭を稼いでいる。1階は彼女の自宅、2階は宿泊客用になっていて、私たちはそこに泊まらせてもらった。小さな部屋だが、大きな窓が道に張り出していて、なんといってもすてきなのは、路上で起きるできごとのひとつひとつに、リアルタイムで参加できることだ。

         ある晩、メルセデスの家の台所を使わせてもらって、私たちが今まで何かとお世話になった人々、ドリス一家とフリオ、フリオの叔母さん一家、そしてメルセデス一家に夕食を振舞うことにした。といっても、私にキューバ料理はできない。そこで、ドリスに買い物リストを書いてもらって、私が買い出しに行き、あとは彼女にお料理を教えてもらうことにした。メニューは、牛肉のトマトソース煮込みと、バナナプランタン(※)を薄切りにして油で揚げたバナナチップスだ。

         椅子が足りないので、階段に座っている人も、立ったままの人もいるが、食べ始めると、皆、急に寡黙(かもく)になる。この国では、なみはずれて貧しいわけではない中産階級の人々が、日々、満足に食べることができない(注1)。「肉なんて、ここ数ヶ月食べてない」とフリオが言っていた。資本主義では、ホームレスの人もいれば、住居はあるけど仕事がない人、住居も仕事もあるけどローンに追われて家計は火の車という人など、いろいろなレベルでの貧しさが存在する。でも、社会主義国であるキューバでは、ごく一部の権力者階級を除いては、皆、平等に貧しい。

         おなかいっぱいになって、軽口も飛び交うようになった頃、誰かが扉をノックした。その叩き方がかなり高圧的だ。皆が一斉に口をつぐむ。空気が一瞬ひんやりする。メルセデスの顔色が変わった。

        「公安委員だよ。抜き打ち検査かもしれないし、密告されたのかもしれないわ。あぁ嫌!」

         フランス語が話せるドリスがひそひそ声で教えてくれる。食卓の空気が重くなる。みんなの口数が少なくなり、ひたすら皿の中を見つめる。

         公安委員は、白いバミューダーパンツにTシャツ、ナイキのスニーカー。街ですれ違ったら平凡な青年だ。それなのに、冷たい口調で、自分の母親ほどの年であるメルセデスを尋問し、なにかしらノートに書き込んでいる。メルセデスは完全に低姿勢だ。

         その後の彼女の説明によると、まずは、食事を提供して不当収入を得たかどうかが問題。彼女は下宿屋で、レストランとして営業する許可はもっていないからだ。しかし、それだけではなく、外国人を交えた数人が会合するということ自体が、監視に値するらしい。フリオやドリスだけではなく、見るからに外国人である私や夫がゾロゾロ、メルセデスの家に入って行くのを、近所の人達は目撃していたのだ。誰かが「メルセデスの家では、外国人を交えて集会をしている。なにか不穏な動きがある」と、公安委員に通告することはおおいにありうる。なぜ、メルセデスが、食事の前に、いつも開けっ放しの玄関を閉めたか、やっとわかった。

         公安委員会とは、キューバ革命(注2)のモラルが国の隅々まで遂行されるよう相互監視するシステムのことだ。もちろん、国民全員が予防接種を受けるように手配するなど、健康管理を始めとした相互援助網として効果的に機能する。しかし、それ以上に、反政府運動、闇市、風紀を乱す動きを取り締まる、密告システムでもある。高じれば、私生活なんて、あってないようなものになりかねない。

         キューバは、なによりもまず、良くも悪くも「社会主義国」なのだ。教育が普及しているので識字率は96%と高いし、薬品不足は深刻であるものの、すべての国民が無料で医療を受けることができる。でも、その「社会主義」が、現実には、「公安委員による尋問」や「密告」といった生々しい形でも、力をふるっているのを目のあたりにすると、やりきれない思いがした。

         いつもどおり蒸し暑く、寝苦しい夜だったが、心の中は、寒々しくてたまらなかった。今回の旅は、小さいながらも貴重な感動や、儚い(はかない)だけに胸に深く刻まれた出会いでいっぱいだ。でも、そんな想い出の数々が、じつは、舞台の薄っぺらな書き割りでしかなかったのかもしれないという不安で、まんじりともせずに、私は、深夜の街の音に耳を澄ませていた。

         
        (注1):ここ40年来、基本的に食料は配給制。米ドルがあれば何でも買うことができるが、法外な値段を要求される。

        (注2):1898年の米西戦争でスペインに勝利したアメリカ合衆国は、キューバ独立をスペインに認めさせる。しかし、これを機に、アメリカ合衆国はキューバを事実上の保護国とし、内政干渉を繰り返した。この屈辱的政治状況に対して、フィデル・カストロとチェ・ゲバラが中心になって武装革命を起こす。1959年、キューバ革命政府成立。アメリカ政府と対立するため、ソ連に接近し、1961年、社会主義宣言を発して、キューバ革命を社会主義革命と定義。


        (※):バナナプランタン
        アフリカやカリブ海地域で料理の付け合わせにする、大きめのバナナ。茹でても揚げてもおいしい


        ≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
        フリーランスライター。在仏18年。2005年、数ヶ月キューバに滞在。他のカリブ海諸国(マルチニック、グアダループ、ドミニカ共和国)にも滞在経験あり。「重態」のカストロ書記長が事実上引退してしまった今、キューバもリベラリズム経済の波に呑み込まれていってしまうのかもしれない。そうなる前に、社会主義革命の名残をとどめるキューバについて記しておきたい。


        ≪Aconcha Sanz Averhoff (アコンチャ・サンズ・アヴェロフ)≫
        画家、彫刻家。1946年、ハヴァナ生。中国人とアフリカ人の血を引く家庭に生まれる。サンテリア教のマジカルワールドをテーマにした作品を中心に制作し、ヨーロッパ各地で個展、グループ展に参加。著書に、キューバ革命からフランスに亡命するまでの彼女の半生を、爆笑エピソードと美しいイラストで綴った
        『L' appel des orishas』(邦題 オリシャが呼ぶ)がある。http://www.aconcha.com
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        第4回 アンナへの手紙
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          連載「キューバ日記」
          文:夏樹(フランス・パリ)

          挿絵:Aconcha Sanz Averhoff
          挿絵:Aconcha Sanz Averhoff

           ハバナだけではもの足りなくなった私たちは、キューバの西部、ピナル・デ・リオまで足を伸ばすことにした。19世紀になってから煙草の栽培で栄えた、肥沃な土地だ。

           ホテルのプールで毎日泳いでいた息子のルイは、地元の子ども、アレクサンドルと友だちになった。編集者であるお母さんのアンナが、ホテルで仕事上のミーティングがあるので、一緒に来たらしい。ルイはフランス語、アレクサンドルはスペイン語を話しながら、それでけっこう楽しんでいた。

           数日後の夕方、緑の海のように波うつ煙草葉畑に沿って散歩をしてホテルに帰ってくると、アレクサンドルが待っていた。アンナが、私たちを食事に招待してくれるというのだ。そういえばこのまえ、キューバ名物であるラングスト(伊勢エビ)を食べたいと話していたら、「友だちに魚屋がいるから安くしてくれるかもしれない。聞いてみるわ」と言ってくれたのであった。「ラングストはなかったけれども、お母さんが魚料理をして待っているよ。僕の家、すぐそこ、たった5km」アレクサンドルは言うが、夜7時過ぎて、もう陽が落ち始めている。バスもタクシーもない場所なので行きはよいよい帰りはこわい、でもせっかくなので、挨拶だけでもという気持ちで出発した。

           途中で、後ろからやって来たロバの引く荷台をヒッチハイクし、ようやく村に着くと、すっかり夜になっていた。家々から洩れる灯火で、やっと足もとが見えるほどである。でこぼこな田舎道で子どもたちがつまずきもせずに鬼ごっこしている足音、包丁でなにか刻む音、食器がカチャカチャぶつかる音、暗闇の中では耳が冴え、なにも見えなくても、もの音が情景を鮮明に描きだしてくれる。路地を曲がり曲がってやっとアレクサンドルの家に着いた。昼間とはうってかわってくつろいだ、ショートパンツにタンクトップのアンナが迎えてくれた。

           出版会社にお勤めというからにはまずまずの生活ぶりだろう、と思っていたが、彼女の住居は、家というよりは工事の終わっていない建築現場のようだった。アメリカからの経済封鎖で、食品、薬品だけではなく、建築材も不足している。「これが庶民の生活、わかった?」と言ってケタケタ笑っている彼女は屈託ない。剥き出しのコンクリート壁、トタン屋根、ドアのないトイレ兼風呂場、床板はなくて土間。水道なんてなくて、水はもちろん井戸へ汲みに行くのだ。

           ラングストの件で議論が湧く。アンナは、魚屋に注文しに行った。ところが、キューバ人がラングストを獲るなり買うなりすることは法律で禁じられていて、禁固5年の刑に値するというのだ。ツーリストに高く売りつけるための高級品で、自国民の舌を肥えさせるためにあるのではないということらしい。なにせ、自分で育てた牛やブタを殺して食べても刑務所行きなのだ。社会主義では、あらゆる富は国から国民へ平等分配される建前で、個人の財産は存在しない。

           ラングストの代わりにと、旦那さんは川魚を釣ってきてくれた。川沿いの浄水場に勤めているので、仕事の合間に同僚に隠れて、これまたこっそり網をうっておいてくれたらしい。これだって禁を犯してのこと、私は、心苦しくて堪らなかった。

          「アレクサンドルには、どこか外国へ行って大きくなってもらいたいな。大きな声じゃ言えないけど、キューバは禁止されてることが多くって。私だって、出て行けるものなら、出て行きたい」アンナはこう言う。人口の約10%が亡命しているといわれている。筏に乗って、あるいは車のタイヤにつかまって200km北のアメリカまで泳ぎきる人もいれば、そのまま、海で遭難した人も多い。出て行きたいという気持ちは痛いほどわかる。自由がないということ、毎日満足に食べられないということがどういうことか、私には想像もできないことだから。

           数ヶ月過ごしただけのあなたにわかりっこない、こう言われるかもしれない。でも、私には、物資が不足しているゆえに人々の心がささくれ立ち、生活が荒寥(こうりょう)としているとは、正直言って感じられなかった。そこに、別の次元の豊かさがあるからだ。わかちあうこと、たすけあうこと。ひとりでポツンとしている人がいたら話しかけてあげること。テレビは2チャンネルしかないし、コンピューターやゲーム機は買えないけれども、その分、人々はよくおしゃべりをし、次から次へとジョークを発明し、笑い、歌い、踊り、本を読み、国際的レベルの優れた作品を残した作家の数は中南米一と言っていいほどだ。

           アンナは戸棚から自分が編集した本などを出して見せてくれた。その中で、キューバの女流詩人の詩をひとつ読んでくれる。

           あなたを殺そうと、いくつも刃物を買いそろえた
           でもほんとうは
           くちづけひとつだけで
           ことたりるのかもしれない


           禁漁の魚のフリカッセにサツマイモ、そしてデザートは詩。今まで食べたどんな豪華な夕食よりも、心に沁みた。

           フランスに帰ってから、写真を送ったけど、返事は来なかった。手紙は、とくに外国からの手紙は検閲されることが多いらしい。

          ≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
          フリーランスライター。在仏18年。2005年、数ヶ月キューバに滞在。他のカリブ海諸国(マルチニック、グアダループ、ドミニカ共和国)にも滞在経験あり。「重態」のカストロ書記長が事実上引退してしまった今、キューバもリベラリズム経済の波に呑み込まれていってしまうのかもしれない。そうなる前に、社会主義革命の名残をとどめるキューバについて記しておきたい。

          ≪Aconcha Sanz Averhoff (アコンチャ サンズ アヴェロフ)/プロフィール≫
          画家、彫刻家。1946年、ハバナ生れ。中国人とアフリカ人の血を引く家庭に生まれる。サンテリア教のマジカルワールドをテーマにした作品を中心に制作し、ヨーロッパ各地で個展、グループ展。著書に、キューバ革命からフランスに亡命するまでの彼女の半生を、爆笑エピソードと美しいイラストで綴った『L' appel des orishas』(邦題 オリシャが呼ぶ)がある。
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          第5回(最終回) キューバ女の心意気
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            連載「キューバ日記」
            文:夏樹(フランス・パリ)
            挿絵:Aconcha Sanz Averhoff
            挿絵:Aconcha Sanz Averhoff

             2月14日、朝起きると、メルセデスが「今日はバレンタインデーだよ。おめでとう!」と言ってくれた。

            「旦那とは仲良くしなさいよ。うちのはもうずいぶん前に出て行ったきり……」

             そう言う彼女は息子クリストバルと二人暮らしで、家の中におとなの男の影がない。彼女だけではない。私がキューバで会った女性たちのほとんどがシングルマザーだった。若くして出産し、男は跡形もなく消え、子どもの養育は実家の母や叔母、姉妹に頼んで、自分は勉強を続けたり、仕事をする。でも、そこには、被害者意識も演歌的湿っぽさもあまり感じられない。むしろ「いろいろあってこそ人生」と辛い思いは笑いとばし、女同士の強い連帯感を土台に、ひたすら生に向かって突き進んでいく潔さ(いさぎよさ)がみなぎっている。

             ホモセクシャルであったため投獄され、アメリカに亡命したキューバ人作家レナルド・アレナスは、自伝『夜明け前』で、祖父母の家で過ごした自分の幼児期についてこう書いている。「祖母には11人の未婚の娘がいた。年頃になると、恋人を家に連れて帰るようになったが、数ヶ月後、男たちは音信を絶った。(中略)美しく、魅力溢れる女たちだったのだが、どういう運命か、男をつなぎとめておくことができなかったのだ。祖父母の家は、妊娠してお腹が大きくなった若い女たちと、父親のいない泣き虫のガキどもであふれていた。私は、男に捨てられた叔母たちに囲まれて、幼児期を過ごした。家に住んでいた唯一の男といえば、祖父だった。ひと昔前まではどうしようもない女たらしとして近隣の村一帯に名を馳せていたが、今となってはその彼も、頭の禿げ上がった、ただの老人にすぎなかった」(拙訳)(1)

             男が家に居着かない、いるのはお祖父ちゃんと洟垂れ小僧(はなたれこぞう)だけという女中心の家庭環境、これはキューバだけではなく、中南米、カリブ海地域でよく見かける風景だ。このような国々では、伝統的に、男の子と女の子は幼年時からまったく別々の教育を受ける。男の子のほうは、けんかには強くなくてはいけない、通りすがりの綺麗な女の子に口笛を吹いて、からかうくらいのことはできなくてはいけない。つまり、親が「うちの息子は手に負えない不良で」と吹聴できるくらいのワルになればちょうど良く、こうして大きくなったマッチョ男は家に居着かなくなる。それとは対照的に、女の子は5、6歳から家事を手伝わされ、赤ちゃんや老人の面倒から病人の看病まで、他人のために生きることを余儀なくされる。日本のNHKドラマで、過酷な運命に笑顔で耐える女を描いた「おしん」というのがあったが、このドラマはキューバで放映され絶大な人気を得たというのだから、いわずもがなである。

             しかし、キューバの女たちが他の中南米諸国の女たちと一線を画するのは、彼女たちが、性を抑圧するキリスト教的道徳から無縁であるということだ。キリスト教では、性はタブー、楽しむなんてご法度だ。こんなキリスト教が流行らなかったキューバの女性たちは、性的罪悪感から自由で、臆することなくセクシーだ。綺麗なものは見せる、堂々と誘惑する。ハバナは深刻な廃墟ぶりであるが、その瓦礫のような街ですれちがう彼女たちの装いや仕草、歩き方は大胆で、官能に満ち溢れている。

             フリオの親戚一同と、ハバナからそう遠くない海岸プラヤ・デ・エステに行った時のことだ。フリオの従姉妹、まだ22歳のシングルマザーで薬学生マヌエラは、5才になる娘のガブリエルを連れて来た。

            「ねえ、日本からキューバまで歩いたら何分くらいなの?」こんなかわいらしい質問をするガブリエルも、子どもとはいえ、もういっぱしのキューバ女だ。緩くパーマのかかった黒髪に琥珀色の肌、オペラ「カルメン」のようなきかん気の強い女を彷佛とさせる。5歳でこれではまずいのではないか? とこちらが不安になるほど女っぽい彼女は、私の息子ルイを抱きしめたり、キス攻めにしたりかなり積極的にアプローチをしている。かわいそうに、奥手の日系フランス男であるルイは、彼女を見ると身構えるようになってしまったが、彼女にはもう立派な恋愛なのだ。まだ22歳の母親も、おばあちゃんもひいおばあちゃんも、それを、笑って見ているだけだった。早熟と言ってしまえば簡単だが、5歳の子どもでも、社会的に抑圧されることなく、ごく自然に、その年頃なりの性を表現できるのはほんとうに幸せなことだと思う。

             海岸沿いの小道を散歩していた時、ガブリエルは他人の庭に堂々と入って行き、真っ赤なハイビスカスの大輪の花を手折り、ほかの雑草も混ぜて花束を作り、さりげなく私に差しだした。こういう心遣いに弱い私は、胸がキュンとしてしまう。男よりも、小さな女の子にされるとかえって心が揺れるというものだ。

             ふと、ガブリエルも20歳前には母親になるのかな? という不安がよぎる。大きくなったお腹をさすりながら、男が帰ってこなくなることに涙を流し、まだ子どもっぽい頬を濡らす夜もあるのだろうか? いや、この子にかぎって、そんなことあるはずないと、私は気をもちなおす。15年後に再会できるとは思わないけれども、思いっきり瑞々(みずみず)しく、挑発的で、女でもドキリとするほどの官能的な母親になって、赤ちゃん片手にハバナの目抜き通りを闊歩していてほしいと、私は心から願ってやまない。

            (1)p. 22~p.23 Reinaldo ARENAS, Avant la nuit, traduite de l’ espagnol (Cuba) par Liliane Hasson, Ed: Actes sud, 2000

            ≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
            フリーランスライター。在仏18年。2005年、数ヶ月キューバに滞在。他のカリブ海諸国(マルチニック、グアダループ、ドミニカ共和国)にも滞在経験あり。5回の連載を通じて、社会主義革命が良いか悪いか、あえて自分の意見を記さなかった。政治を論じるあいだに見逃してしまいそうな、心の琴線に触れた瑣末なできごと、そのことのほうが、私の人生にとって革命的であったから。

            ≪Aconcha Sanz Averhoff (アコンチャ サンズ アヴェロフ)≫
            画家、彫刻家。1946年、ハバナ生。中国人とアフリカ人の血を引く家庭に生まれる。サンテリア教のマジカルワールドをテーマにした作品を中心に制作し、ヨーロッパ各地で個展、グループ展。著書に、キューバ革命からフランスに亡命するまでの彼女の半生を、爆笑エピソードと美しいイラストで綴った『L' appel des orishas』(邦題 オリシャが呼ぶ)がある。
            http://www.aconcha.com
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