「地球はとっても丸い」プロジェクトの面々が心を込めてお届けしたエッセイです。
第1回 笑顔の裏にたくらみあり
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    連載「わが心のインドネシア、かな?」
    文・写真:ワヤコ(東京・日本)

     大らかな国インドネシアでの暮らしから、秩序の国ニッポンにもどってきて数ケ月。ひさびさに電車に乗ってびっくりした。何たる殺伐とした光景。空席めがけてダッシュする人々、突然、化粧を始める女たち、いい歳して足をなげ出しゲームに興じる2人連れの男ども。まるで、自分以外は透明人間で目に入らない、とでも言わんばかりの傍若無人な行動のオンパレードだ。そして、何がつまらないのか、みんな一様にムッツリ顔で、たまたま目があったりすると一目散に視線をそらす。

    この笑顔は本物
    カメラを向けるとすぐに笑顔でにこやかに応えてくれる。この笑顔は本物。(写真は本文とは関係ありません)

     そこへいくと、インドネシア人はすごい。他人を見ると、こちらがいたたまれなくなる程の笑顔攻撃を送ってくる。挨拶するとき、楽しかったとき、そして自分の失敗をごまかすとき。どんなときも笑顔をたやさない。笑った口元からは、漂白してもこんなには白くならないという程の美しい歯がキラリ。目先や口先だけじゃなく体全体を使っての腹式呼吸の笑顔というのがピッタリだ。鼻先だけで呼吸する儀礼的な日本人の笑顔とは質が違う。笑ってごまかすな!と思うこともしばしばなのだが、それでもこんな笑顔をむけられると日ごろ仏頂面の私でも、つい笑みがこぼれてしまう。まさに笑顔は人間関係の潤滑油、素朴で善良なインドネシア人そのものだな、と思っていた。だが、インドネシアで生活し始めてから1年ほどたったある日、このインドネシア人の笑顔、そう単純なものでもない、ということを身をもって知ることになる。

     それは、ガイドブックにも掲載されているジャカルタでは名の通った高級インテリアショップでの出来事。いつも店の奥のデスクで何やら忙しげにしていた女性スタッフが、他に客のいなかったその日はめずらしく対応してくれた。ピリッとした白いシャツにグレーのスカートのその女性。胸につけた名札には、ストアーマネージャー・ジジ(仮称)とある。大きなクリクリお目めに、やや丸みがかった鼻、大きな声で身ぶり手ぶり話すさまは、人のよさそうなインドネシア人そのもの。「これは何からできているの」「どこで作られているの」などと知っている限りのインドネシア語を駆使して、矢つぎばやに質問する私に、笑顔でにこやかに返事をしてくれる。

     横でいろいろと説明をしてくれる彼女の話に耳をかたむけながら、それでも目だけはキョロキョロと店内を物色していた私は、あるクッションの前でくぎ付けになった。微妙な茶系のグラデーションが美しい3つで1セットのクッション。一瞬にしてわが家のベージュのソファーにピッタリだと感じた。しかし、値札を見ると、ちょっとした洋服並みの金額が書かれている。

     あきらめざるをえない。今月は無駄遣いをしないって、財布の中身を見ながら昨日決めたばかりだった。でも、あきらめきれない。今、ここでの出会いは一期一会と考えるべきなのではないか。などと一人、押し問答を繰り返すこと数分間。その固まったまま動かぬ私を、かたわらに立ち笑顔で見守るジジ。

     しばらくすると、ジジが笑顔で一歩近寄り、「私はニョニャ(インドネシア語で“奥さん”の意)を助けたい。喜んでもらいたい。どうだ?」と、なにやら意味不明のことをささやくように話しかけてくる。「そりゃ、私だって喜びたいよ。でもこの値段じゃ高すぎて買えないよ」と自分の知っているインドネシア語を総動員して返答したものの、この会話って何かかみ合ってないよな、と違和感を覚えた。まあ、慣れないインドネシア語を使ってのことだから致し方ないのだろうと、またクッションに物欲しげな目をむけた。しかし、しばらくすると、ジジはまた同じことを言ってくる。そんなやりとりを繰り返すこと3、4回。

     すると、ジジは、こいつカンが悪いな、まったく何度言えば分かるんだよ、というようなため息をのせた笑顔を見せたあとで、顔を近づけ今度は英語を使っててささやいてきた。(なんだ英語が分かるんなら最初から使ってよ)しかし、その話を聞いた私は、もう飛び上がらんばかりに驚いた。

     彼女の話は、つまりこういうことである。

    「私はこの店の責任者である。なので、この商品の仕入れ先を知っている。そして、私はこの仕入先の人間とは、深い信頼関係があり顔がきく。そこでだが、店を通さずに、私から直接買うのはどうだ。当然、もっと安く買うことができる。そうするとニョニャはハッピーだ。そんな喜ぶニョニャを見ることができる私もハッピーだ。でもこれがバレたら、私はクビになっちゃうから、そこは、ほれ、分かるでしょ。ニコッ」

     ここまで、はっきりと言われてやっと事態がのみこめた私。いや〜、驚いたのなんのって。だって、こともあろうに、店の責任者みずからが背信行為をもちかけるんだもの。ジジは、さらにたたみかけるように「どうだっ、決めるのはニョニャだ。私は別にどっちでもいいんだから。ニコッ」と詰め寄ってくる。

    「えっ?えっと……」と動揺する私。しかし、実にゲンキンなもので頭の中では勝手にカン、カン、カーンと激しく計算する音がしている。お互い顔を見合わせ、しばしの沈黙の後、「そうね〜、でも本当に大丈夫なのかしら」と口では言ったが、もう心は決まっていたのはいうまでもない。その間、ジジは一点の曇りもないような晴れやかな笑顔をたやさなかった。その笑顔に後おしされるように、私は言われた通りの、定価よりも安い値段のさらに半額を、前払い金としてジジにわたした。

    「毒を喰らわば皿まで」とか、「朱に交われば赤くなる」とか、「同じ穴のムジナ」などという故事名言が頭の中でうずまき、すっきりしない気持ちのまま待つこと1週間。

     たしかに、届きました。オーダー通りのものが。

     でも、その後、なんとなく気まずくなって、その店には行けなくなってしまった。だって、またあの満面の笑みで迎えられたら、私はどんな表情を返せばいいのだろう。せっかくお気に入りの店だったのに。ああ、残念。やっぱり後ろめたいことをしちゃいけないのね。

     ジジの懐(ふところ)にいったいどの位の金額が入ったのかは見当もつかないけど、いつもと変わらぬそぶりでたくらみを持ちかけるその笑顔。なかなかどうして、インドネシアの笑顔は一筋縄ではいかないものらしい。



    ≪ワヤコ/プロフィール≫
    約3年間のインドネシア・ジャカルタ生活を終え、6月下旬に日本に帰国。東京在住。インドネシアでは、センスのいいインテリアや雑貨の店を訪れ、コーディネートの勉強にいそしむ毎日を送る。現在、山のように買い集めたインテリア小物を使って、自宅をアジアンホテルのようにしようと画策しているところ。インドネシアと日本のインテリア・アートなどを紹介する記事をブログで更新中。ブログIndonesia Arts&Living



    | 『わが心のインドネシア、かな?』/ワヤコ | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    第2回 恐ろしや〜のジャカルタ交通事情
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      連載「わが心のインドネシア、かな?」
      文・写真:ワヤコ(東京・日本)


       白と黄緑のツートンカラーの大きくて細長い車体。見覚えのあるこのバスが、辺りの車をけ散らしながらジャカルタの大通りを猛スピードで駆けぬけていくのを見かけた時には、暑さにやられて幻覚でもみているのかと思った。ん? まさか……、あれは、東京で走っているはずのバス。一瞬のできごとにそれ以上は確かめようもなく、一体何だったのだろう、と合点のいかないまま日が過ぎていった。

       ある日、再びこのバスを街角で見かけ、旧式の車体に書かれた「降り口」という文字とマスコットの“みんくる”のステッカーを見て、ようやくナゾはとけた。そうか、やっぱり私が見たのは都営バスだったんだ。日本でお役目を終えた後、インドネシアに渡ってきて、ここで余生を送っていたのね。リタイヤ後も、海を渡って新天地で働くその健気な姿に、同国人として素直に感動した。しかし、外見こそ変わりはないものの、見た瞬間に分かるはずがないほどに、インドネシアで見る都営バスは全くの別人格となっていた。

       「発車します。つり革におつかまりください」というアナウンスと共に、ゆるやかなスピードで交通法規を守りながら東京の街を走行する優等生から、ちょっとばかし身体が大きいことを鼻にかけ、「そこ、どけ〜」とジャカルタで傍若無人な振るまいをする粗野なヤツに変貌していた。“若いころ、ワルさをしていたけど、歳をとってすっかり丸くなった”、というのはよく耳にするが、インドネシアの都営バスに関しては、全くの逆。暑さで、闘争心がかき立てられているのだろうか。いやいや、もしかしたらこの蛮行は都営バスの本意ではないのかもしれない。暖かい南の国で優雅な余生を送りませんか、などと甘い言葉に誘われてインドネシアに来たものの、期待とは裏腹に、老体に鞭を入れられ、「こんなはずじゃなかった。ひぇ〜、やめてくれ〜」と思っているかもしれない。本当のところは分からない。とにかく、日本からやって来たドデカイ白い車体がジャカルタの街中を爆走している、という事実があるのみ。


      凶暴なのはバスだけじゃない。歩道に乗り上げ、ばく進するバイク
      凶暴なのはバスだけじゃない。歩道に乗り上げ、ばく進するバイク

       ジャカルタの運転マナーの悪さはつとに有名らしい。激しい車線変更(もちろんウィンカーを出すなんて奇特な車はまれ)、割り込み、無理な追い越し、かっとびの路肩走行。こんなのは、日常茶飯事。かるい挨拶のようなもの。

       私の最初の運転手だったイドリス君なんかは(誤解のなきよう断っておくと、車しか交通手段のないインドネシアでは、たいていの場合、運転手さんを雇って運転してもらうのが普通なのです)ジャカルタ流の運転マナーに加え、気の短さと、ムラッ気の多さから、隣の車にガンをとばすわ、あおるわ、の強気運転で、後部座席に座っている私は、いつも「ひぃ〜」とか「うぐっ」とか言いながら、足をふんばって耐えていた。そして、半年のうちに接触や追突などの3回ほどの小さな事故を起こしたあげくに、最後は1本道で無理な追い越しをかけて、対向車線から来た車とあわや正面衝突……、しそうになりあわててハンドルを左に切ったところ横の車にドスン。この時は、さすがに身の危険を感じた。その後、周りからの強いすすめもあって、残念ながらイドリス君にはおひきとりいただいた。

       しかし、これとて序の口。野生化した都営バス、無謀な運転の乗用車、これ以上に過激な乗り物がジャカルタにはあるんだな。地下鉄などの大量輸送手段のないジャカルタでは、庶民の足として利用されている通称メトロミニとよばれる小型バスがそれ。都バスの半分くらいの大きさなので小回りが利く一方、乗用車よりはガタイがしっかりしているので、一般道ではもう、向かうところ敵なし。満員の乗客を乗せているのに、ちょっとの車間をみつけてはとりあえず頭をつっこみ、一体、何の意味があるのかというほど車線を変える。それに、急発進、急停車、そして激しくクラクションをならし、前を走っている車を威嚇する。かと思うと、突然、運転席では運転手が乗客と談笑をしながらタバコをふかし始めるもんだから、フラフラとした注意力散漫の走りが始まる。パンを食べながら運転してた、なんていう最悪なのにも出くわしたことがある。

       このバス、停留所も一応あるのだが、手を上げれば、どこからでも乗り降りすることができる。一見便利なようだが、実は、これが最も危ない。というのも、こんな時でもバスは、乗降客のために完全には停車しないのだ。いや、大げさに言っているのではなく本当に。では、どうやって乗り降りするのか……。

       まず、乗客を見つけると、バスは軽くスピードをゆるめる。そして、乗客は、このスピードに合わせるように小走りで飛び乗る。その様子は、はたから見ていると、まるで金魚すくいよろしく乗客すくいといった風情だ。降りる時もこの調子。なので、進行方向である右足(インドネシアは日本と同じ左側通行)から先に降りると、勢いあまってつんのめってしまう。そのため、「ダリ カキ キリ(左足から降りる)」といったメトロミニ利用者なら知らぬ者はいない、独特の作法がある。しかし、何かの拍子でステップに足をかけそこなうと、バランスを崩し道路で転倒して、後ろから来た車にはねられそうになる、なんて悲惨なことが待ち受けている。まさに、走る凶器なのだ。

       私なんかは、走行中にメトロミニが近寄ってくると、ぶつかりはしないか、落ちてきた人を轢いてしまわないかと、怖くって身構えてしまう。ところが、ある日、この走る凶器のあまりにも拍子抜けするような姿を目撃した。

       陽もかたむき始め、そろそろ夕方の混雑が始まるいつもの道。けたたましいクラクションをかき鳴らしながら後方から爆走していくメトロミニ。黒々とした排気ガスだけを残し、あっという間に私の車を追い越して視界から消えていった。まあ、ここまではよくあること。

       しかし、その後、しばらく走ったところにあるガソリンスタンドの光景に私の目は釘付けになった。なんとあろうことか、さっきすごい勢いで走り去って行ったあのメトロミニが、そのガソリンスタンドに停まっているではないか。そしてさらに驚いたことに、乗客を乗せたまま給油をしている。もしかして、あんなに急いで走り去って行った理由は、これ? 走る前に給油ってしておくもんなんじゃないの? それに、急いで走ったってガソリンの減り具合は変わらないはずじゃないの?

       これじゃまるで、おしっこをもらしそうだから家にあわてて走って帰っていく小学生じゃないのさ。よく見るとメトロミニの顔は、トイレに腰掛け用をすませた後のほっとした表情そのもの。というのは、ちょっと言いすぎかしら。

       いや〜、まったく脱力してしまいました。みなさんにも、このメトロミニのほっとした表情、お見せしたかったです。


      ≪ワヤコ/プロフィール≫
      約3年間のインドネシア・ジャカルタ生活を終え、6月下旬に日本に帰国。東京在住。インドネシアでは、大好きなインテリア・雑貨店をおとずれそのセンスのよさに驚愕する毎日を送る。現在、インドネシアと日本のインテリア・アートなどを紹介する記事をブログで更新中。 ブログIndonesia Arts&Living
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      第3回 インドネシアの情景
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        連載「わが心のインドネシア、かな?」
        文・写真:ワヤコ(東京・日本)

         常夏の国インドネシアから日本に帰国してはや半年。南国流ののんびりスタイルが染みついてしまったためか、家の中にはいまだに片付かない引越し荷物が10箱近く積み上げられ、リビングルームの大半のスペースを占有している。

         しかし、今年も残すところあと1ヶ月。さすがにまずかろうと、日曜の午後、重い腰をあげることにした。そして、早速、小さな段ボールを開けた。すると中には、私がインドネシアで撮りためた写真を入れた木箱があった。思わず、木箱の蓋に手がのびる。「写真を見るのは、片付けが終わってからでしょ!」という理性の声が耳元で聞こえるものの、パンドラならぬ木箱の蓋を開けた私は、半年ぶりに見るなつかしいインドネシアの写真を一枚一枚丹念に見始めた。

         私は、ジャカルタで出会った友人の影響で写真を始めた。そしてすぐに、初心者でもそれなりに味のあるものになるインドネシアの写真に夢中になった。もしかして、私って才能あるかも?と、勘違いをしそうになったが、その友人によると、「誰が撮ってもインドネシアでは、いい写真が撮れるの。とってもフォトジェニックな国なのよね。それに比べると東京は、どこもグレーだしつまらない」と言うことで、どうやらインドネシアは特別らしい。

         たしかに、帰国してしばらくはカメラを片手に東京の街をファインダーにおさめてみたものの、これぞ!というような写真が撮れなくて、いつのまにか私のペンタックスは埃をかぶるようになっていた。

         インドネシアで撮った写真が、なぜ、魅力的なのか。半年ぶりにながめる写真から、はっきりと分かった。それは、光の具合や街を彩る鮮やかな色彩などの、いい写真を撮るための条件が備わっているためだけでなく、写真の中に人の生活の匂いが感じられるから。よそ行き顔の東京の街とは違い、紛れもなく、ムキだしの人の本音があるから。

         そんなインドネシアの生活の匂いがする写真をちょっとご紹介。

         真っ赤なタラコ唇から大きな歯がのぞくいかにも胡散臭そうな看板。インドネシア語で「歯の専門家」とある。ちょっと器用な人が「専門家」と名乗り、治療をしているらしい。地元の人は、結構、利用しているとのことだが、私なら、どんなに痛くても、ここでは治療は受けたくない。看板の下には、素足の女性が遠くを見つめて座っている。対極にあるような両者だが、何でも商売にしてしまうたくましさと、それでも生活は、なかなか楽ではない、というインドネシアの実情が表れていると思う。

        インドネシアの情景

         ジャカルタで、民家の立ち並ぶ細い路地に入った。とある家の前で目にした、吊り下げられた木彫りの人形にぶら下がる鍵。おそらく、帰宅する子どものためにわかりやすいようにと、お母さんがかけたのだろう。家に鍵をかけ、その鍵を人目につきやすいところに置く。「頭かくして尻隠さず」。人のいいおおらかなインドネシア人らしさが現れた写真。

        インドネシアの情景


         しかし、写真におさめることのできる生活の匂いばかりではなかったことも現実。強烈な残像として焼き付き、この先も決して忘れることのできない情景がある。

         貧富の差の激しいインドネシアには、ストリートチルドレンがいる。彼らは、交通量の多い表通りで、車が信号で停止するとひらりと車道に飛び出し、楽器をかき鳴らしながらお金を無心する。大変な状況と言えば確かにそうなのだが、期待はずれの金額だったりすると、後ろをむいて舌を出す、そんな、人の同情を寄せ付けないたくましさがあった。

         ストリートチルドレンが幅をきかせる表通りを一本入った裏通り。週に一度、日本食の買出しのため車で通る、薄暗い通りのひどく凸凹だらけの歩道には、油がしみこんだ汚れた作業服の男がいつも座っていた。彼は、車から投げられるコインを座ったまま受け取っていた。ある日、投げられたコインがころがった。すると、彼は手で身体を支えながらそのコインを追いかけていった。その姿を見て、何故、いつも座っていたのかが分かった。腿から下がなかったのである。 

         車の中から、彼にお金を渡すのは難しかった。あわててお金を用意しても信号が変わってしまったり、事前に準備していてもやけに道路がすいて勢いよく通りすぎてしまったり。お金を渡すには、信号のため都合よくその前で停車し、しかも、お互い目が合って受け渡しの了解することが必要だった。

         ある日、機会がやってきた。ほどよく混んだ道、顔をあげてこちらを見ている男。確かに目があった。よし、今だ!と、大きく窓を開け、うまく足元に落ちるようにと小さく折りたたんだ札を投げた。すると、その瞬間に、風がピューと吹いてきて、私の投げた札をさらっていってしまった。私が、「あっ」と叫んだ瞬間に見せた彼の表情。風にのって飛ばされていく札を目で追いながら見せた無念そうなその表情。すぐに信号が変わり、後方のクラクションに促され車は発進した。それ以来、いく度か通った凸凹の歩道に、彼の姿はなかった。 

         写真に収めたもの、心に刻まれたもの。ここ数日、インドネシアの情景を思い出している。そして、リビングルームに積まれた段ボールの山は、いまだに片付いていない。

        ≪ワヤコ/プロフィール≫
        約3年間のインドネシア・ジャカルタ生活を終え、6月下旬に日本に帰国。東京在住。インドネシアでは、大好きなインテリア・雑貨店をおとずれそのセンスのよさに驚愕する毎日を送る。現在、インドネシアと日本のインテリア・アートなどを紹介する記事をブログで更新中。 ブログIndonesia Arts&Living
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        第4回最終回 わが心のインドネシア、かな?
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          連載「わが心のインドネシア、かな?」
          文・写真:ワヤコ(東京・日本)

           3年間暮らしたジャカルタは、お世辞にも洗練された街とは言いがたい。いや、この際、はっきり言おう。ジャカルタは、排気ガスが充満する空の下、あふれんばかりの人とモノとゴミが、ごちゃごちゃと同居する相当に混沌とした街だ。

           まず、街角に落ちているゴミ。この街の人は、どうやら道路をゴミ箱と勘違いしているようだ。吸殻を道路に捨てるなんていうのは、まだまだ序の口かわいいもんで、空になった菓子箱を歩きながらポイ。さらに上級者ともなると、運転しながら食べていたパンの包み紙を、車窓から平然と外にポイ。捨てたゴミが後続車のフロントガラスにでもはりついたら一体どうするのだろうか、と気が気ではなかった。

          ゴミがころがるデコボコだらけの歩道
          ゴミがころがるデコボコだらけの歩道

           まだある。近代的な高層ビルが建ち並ぶオフィス街の一角。立派なビルの隣には、もう3年以上も野ざらしにされているであろう建設途中のビルが、その錆び付いた鉄筋ののぞく痛々しい姿をさらしている。街の所々で目にする造りかけのビル。それにしても、地震が多い国で、こんな細い鉄筋だけを使って高層ビルが造られているかと思うと、心配でぞっとする。

          錆びた鉄筋がのぞく忘れ去られたビル
          錆びた鉄筋がのぞく忘れ去られたビル
          細い鉄筋
          鉄筋が細くないですか?

           高架下や家の壁という壁には、原色の落書きが。いずれも、落書きというには、しのびない完成度の高いものばかり。なんでも、空白の壁があるという情報を聞きつけると、どこからともなくスプレーを手にした若者の集団がやってきて、たった一晩で絵を描きあげていくそうだ。もちろん、違法行為なのだが、対応するのが面倒なのだろう、警察も描かれた絵を消すことなく、黙って見過ごしている。そんなわけで、街中いたる所、落書きだらけだ。

          大胆な構図と見事な色使いの落書き
          大胆な構図と見事な色使いの落書き

           そして人々もしかり。物には定価などあったものではなく、店主は人を見て値段を決める。店先には、壊れた電化製品が「新品」として平然と売られていたりする。

           一事が万事この調子。さよう、ジャカルタの街には、無秩序があふれている。

           1万8000以上の島々から成り立ち、300以上の異なる民族が暮らすインドネシア。古くから、さまざまな外来の文化や宗教の影響を受け、そして植民地にもなったことのある複雑な国の事情。独立を果たすまでの長い歴史の間に、持てるものと持たざるものがはっきりと分かれ、今では極端なまでの貧富の差が存在している。そんな国に、すべてのものを束ねる整然とした秩序が存在するわけがない。

           一時、ビジネス用語で「パラダイムの転換」という言葉が好んで使われた。既成概念にとらわれることなく視点を変えて物事を見る、ということらしい。秩序の国、日本で生まれ育った私にとって、インドネシアでの生活は、まさしくこの「パラダイムの転換」を要する生活に他ならなかった。

           そんなインドネシアから、日本に帰ってきて約半年がたち、すべてが計画通りにきちんと運ぶ生活に、ほっとしたものの、このところ妙に居心地が悪い。まだ十分に食べられるのに消費期限が数分過ぎただけで売ることのできないコンビニの弁当。たかだか100円のガムを一つ買っただけで発せられる、感情のこもっていない「ありがとうございました」の挨拶。確かに正しいことには違いないのだろうが、この行き過ぎた管理に対し、一体、どんな反応をしたらいいのだろうか。

           最近、インドネシアが無性になつかしい。街角に落ちているゴミも、造りかけのビルも、そして人のいい加減さも、何もかも、「ティダ・アパアパ(気にしない)」という一言で笑い飛ばし、何事もなかったように悠然と過ぎていく。もしかすると、無秩序だとばかり思っていたインドネシアだが、すべてを飲み込み存在する懐の深い国なのでは、と思えてきた。 

           インドネシアに住んだことのある人の、この国に対する評価は、実に極端で、「すっかり魅了された派」か「ぜったいに受け入れられない拒否派」のどちらかにはっきりと分かれるようだ。中庸はない。

           私はどっち派なのだろう? 住んでいる時には自覚はなかったが、なつかしいところを見ると、「すっかり魅了された」とまでは言い切る自信はないものの、実は性に合っているのかもしれない。今のところ、このタイトルの通り、「わが心のインドネシア、なのかな」と自問自答している最中だ。それを確かめるために、近々、インドネシアを訪れることにしている。

          ≪ワヤコ/プロフィール≫
          約3年間のインドネシア・ジャカルタ生活を終え、6月下旬に日本に帰国。東京在住。インドネシアでは、大好きなインテリア・雑貨店をおとずれそのセンスのよさに驚愕する毎日を送る。現在、インドネシアと日本のインテリア・アートなどを紹介する記事をブログで更新中。ブログIndonesia Arts&Living
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