「地球はとっても丸い」プロジェクトの面々が心を込めてお届けしたエッセイです。
第1回 噛まれて心配、噛んでも心配
0
    隔月連載 「ドイツ田舎の幼稚園」
    文:たき ゆき(ドイツ・キール在住)

     幼稚園に次女を迎えに行ったら、先生から「話しておかなきゃいけないことがあるの」といつになく真面目な顔で言われたので「これはまた、何かしでかしたかな?」とひやひやしながら話を聞いた。親友の男の子が娘の太ももを噛んだのだそうだ。娘が、火がついたように泣いたので、痛がっているところを調べたら、くっきりと歯形がついていたのだという。まず、娘がだれかを傷つけたのではないことにほっとし、大したことではないこともわかったので、「このこと、男の子の親は知っている?」とそれとなく尋ねた。「もちろん!こういうことはすぐに知らせるのが私たちの義務よ」という答えが返ってきた。ここでわいたひとつの疑問。「あの子のママ、どうして何も言わなかったのかな?」だって、男の子とその母親とは、今さっき園の門のところですれ違って挨拶をかわしたばかりだったから。

     なんだかしっくりこないこの気持ちはなんだろう。大怪我をしたわけでもないから、謝ってもらいたかったのではない。ただ、反対の立場なら「大丈夫だった? これから気をつけるね」と一声かけるのになぁ、と思っただけである。それが常識だという理解が私にはあるから。でも海外で暮らす身にとって、この「常識」という言葉は特にやっかいだ。自分が普通と思っていることでもこの国の文化や習慣にてらしたら普通ではないということがままにある。こんなとき同じように子育てをするドイツ人の友人たちの存在はありがたい。それとなく何人かに聞いてみた。

     「黙っているのはね、訴えられたり、慰謝料を請求されたりするのが怖いからよ〜。最近じゃ、ちょっと殴られたりしただけでも、病院に連れて行って診察料を相手の親に請求する人がいるんだから。そういうときのために、みんな子どものしたことも対象になる損害保険にはいっているんじゃない」と、友人のひとりは言った。確かに、家(うち)もそんな損害保険に加入してはいるが、それは誤って何かを壊してしまったり、大怪我をさせてしまったりの場合を考えてのことだ。幼稚園で日常茶飯事起きる喧嘩を想定して保険に入っているわけではない。ドイツでも日常の瑣末な問題でさえもが、お互いの信頼関係によってでなく、金銭によってクールかつクリアに解決される時代に入っているのか、と少しさみしいような、そしてなぜか恐ろしいような気持ちになった。

     もうひとりの友人は「親自身がびっくりしちゃってるんじゃない? 自分の子が人を噛むなんて思ってもみなかったのよ。Aちゃんのとこなんか、一度他の子を噛んだってだけで親がおろおろして、すぐ子ども向けの心理セラピーに連れて行ったのよ」と答えた。

     噛んだり噛まれたりすることは、そんなに特別で大騒ぎしなければならないことなのか。個人的には、噛むという行為は、自分の感情をまだきちんと言葉で表現できない年齢の子どもたちがとる怒りの表現だったり、喧嘩での防衛手段だったりするのだと理解しているのだが……。小さいうちは、痛い思いをさせたり、させられたりしながら、ひとを傷つけてはいけないことを学ぶのではないだろうか。
     
     最近はドイツでも、子どもが失敗することを大人たちが未然に防いでいるような気がする。危ない遊びは絶対させない、喧嘩をはじめたら取っ組み合いになる前にすぐ仲裁に入る。子どもが遊んでいる間、審判のようにずっと目を離さない親も多い。もちろん、誰も傷つかないほうがいいし、何も起こらないほうが良いに決まっている。でも、ほんとうの痛みや怖さを知らないで、どうして子どもたちが「気をつける」ということを学んでいくのだろう。

     次女と親友の男の子は、それからももちろんけろっとして仲良く一緒に遊んでいる。でも男の子の母親とは、挨拶はかわすものの、なんとなくぎくしゃくしている。以前のようにこちらが話しかけても、なんとなくよそよそしいのだ。お互いにとっかかりとタイミングを失ってしまったために雰囲気が悪くなる、というよくあるパターンだ。この状況は避けたかったんだけどなぁ、と私がぼやいていると、友人たちは、気が咎めているからうまく対応できないだけ、ほっておくしかない、と言う。幸いドイツにも「時が解決してくれる」という言葉がある。いつかはまた普通に話ができるときも来るだろう。所詮、幼稚園は子どもの世界。子ども同士が仲良く楽しくしていればそれで良い、とひとまず考えておこうかな。

    ≪たき ゆき/プロフィール≫
    レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、8歳の長男、6歳の長女、3歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。
    | 『ドイツ田舎の幼稚園』/たき ゆき | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    第2回 お父さん時間
    0
      隔月連載 「ドイツ田舎の幼稚園」
      文:たき ゆき(ドイツ・キール在住)

       昨年の秋ごろから、幼稚園では「お父さん」がブームである。送り迎えに父親の姿を見かけることがぐんと増えたのだ。田舎の幼稚園だから、農業を営む家などもあり以前から父親が付き添って来る例はいくつかあったが、この頃はサラリーマンの父親が続々登場、通園してくる子どもの約半数は「パパ」とやって来る。

       喜ぶ子どもたちの笑顔とうらはらに、ブームの背景にあるのは地元企業の時間短縮だ。ある母親は「あら、今日はお休みですか」とうっかり声をかけ、悲しい反応をされて困ったと話していた。経済危機の波は北ドイツの田舎にまでひたひたと押し寄せ、多くのサラリーマンが、働きたくても週に何日かは出勤できない、遅く出勤して早く帰宅する、という状況に追い込まれた。今年5月にドイツ政府が時短手当支給期間延長を承認したことに見られるように、世界的には回復基調といわれる現在でも時短を継続する企業が多く、好転はまだ肌で感じられるほどではない。

       理由はともあれ、突然子どもたちと時間を共有できるようになったお父さんたちの反応を観察するのは、ある意味たのしい。いろんなタイプの父親がいるが、いちばん目立つのは「頑張って幼稚園に慣れよう」タイプだ。門を入ってから玄関にたどりつくまで、忘れ物はないか、注意することは何か、などを我が子にずっと語りかけ、幼稚園の先生にも昨日の「我が家の一日」を話して聞かせ、仕上げにお母さん同士の噂話にも参加してからやっと幼稚園を後にする。完璧なまでにすべてをこなして、お母さんの中にはひき気味になってしまう人がいるほど。それから数の上でかなり多いのが「場違いなところにきちゃった」タイプ。挨拶など必要最低限のことは口にするが、やらなきゃいけないことをさっさと終わらせて帰りたいという気持ちが表情や動作にも表れている。でも、ふいに小さい子どもたちに囲まれて質問攻撃にあったりすると、急に相好を崩して、やっぱり優しいパパの顔がのぞく。「おっかなびっくり」タイプもいる。幼稚園に通ったのはもう数十年も前のことだし、その頃は母親がすべてお膳立てしてくれていたからか、何をやるにも自信がない。これはどうしたらいいのか、あれはどうしたらいいのか、と子どもに一所懸命尋ねているのだが、当の子どもは遊びに夢中で答えてくれず、途方にくれている。「あなたの子のリュックサックはこれ、靴はここにありますよ」とちょっと教えてあげただけなのに、いたく感謝されてしまったこともある。

       急に幼稚園という未知の世界に足を踏み入れることになったお父さんたちの心中を思い図ると、複雑なものがある。時間短縮は深刻な問題だ。働く時間がカットされる分だけ収入も減るのだから、今までの生活水準が維持できるか、という不安と直面することになる。失業者を出さないための時短だから、さっさと見切りをつけて他の職を探すというわけにもいかない。収入削減分をどうにかして埋めようと、母親がパートに出る例も多い。心の奥に心配を抱えながら我が子と朝の一歩を踏み出すとき、晴れわたった初夏の空をうらめしく眺めてしまうことだってあるだろう。

       しかし当の子どもたちは、そんな危機感とは無縁だ。それまで自分と母親の世界でしかなかった幼稚園に父親と来ている、という何か特別な気分を大いに満喫している。そのうち子どもたちの間で「パパ」の送り迎えを自慢することまで流行るようになった。「今日はパパと一緒に来たんだぞ、いいだろー!」とひとりが言えば「あたしだって、パパが迎えに来てくれるんだもん!」ともうひとりが返す。だんだんエスカレートして、ついにはうちの娘たちまで「パパ、幼稚園に連れてって!いつもママじゃつまらない」などと言い出す始末だ。

       ひょんなことから始まってしまった「お父さん時間」だが、子どもたちの笑顔を見ていると、あながち悪いことばかりではないのかな、と思えてくる。意識こそしていないものの、子どもは、自分がいつもどんなことをして遊んでいるか、どんな友達がいるか、お父さんにもわかってもらいたいのだろう。父親たちも新たな刺激を受けているかもしれない。実際、ある父親は「みんなのために」と遊具の修理をかってでてくれた。父母会に参加する父親も増えた。彼らの意見は新鮮で、違った視点から物を眺めることの大切さを教えてくれる。元気な子どもたちから、父親もエネルギーをたっぷりもらって、さまざまな危機が乗り越えられるよう心から応援したい。

      ≪たき ゆき/プロフィール≫
      レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、9歳の長男、6歳の長女、4歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。
      | 『ドイツ田舎の幼稚園』/たき ゆき | 02:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      第3回 幼稚園から「放り出される」?
      0
        隔月連載 「ドイツ田舎の幼稚園」
        文:たき ゆき(ドイツ・キール在住)

         使い古された言い方しかできないのが歯がゆいが、ほんとうに「早いもので」次女もとうとう幼稚園とお別れする時が来た。日本ならほころびはじめた桜の花の下、おめかしをした親子が……というところだが、ここドイツの田舎では、卒園が夏休み前の7月中旬で、「○○式で区切りをつける」という文化はないから、卒園証書もなし、正装も必要なし、となんだかカジュアルな幕引きである。

         次女が3年間通った田舎の幼稚園では卒園のお別れ会を「放り出し」と呼ぶ。その理由は後で記すが、幼稚園ラストデーとなる当日も、園児たちは午前中をごく普通に過ごす。親や祖父母が三々五々集まってくるのが12時ごろ。幼稚園の建物にある大きなテラスでお別れ会が始まる。毎年スタートには、寸劇や合奏・合唱など、趣向をこらした出し物があるが、今年は卒園する子どもの数がたった3人と少ないので、ひとりひとりが時間をたっぷりとり、手品を披露するとのこと。ネタがばればれの簡単な手品でも、大勢のひとを前にきちんと話し、物怖じせずやりとげる姿をみれば「ここまでよく大きくなったものだなぁ」などと、やっぱりしみじみ思ってしまう。

         雰囲気がぐっと盛り上がるのは、先生が卒園児ひとりひとりに、想い出を語りかけながら、手作りのお祝いやファイルを渡す場面だ。このファイルには、それまで子どもたちが幼稚園で描いた絵や、イベントで撮影した写真、小学校準備コースで勉強した内容などがとじてある。言ってみれば幼稚園の3年間がぎゅっとつまった記念ファイルなのだ。受け取りながら「ありがとう」と言う子どもひとりずつをしっかり抱きしめて、先生の目もだんだんうるうるしてくる……。次は親たちの出番だ。なぜか今年のまとめ役になってしまった私は、先生や幼稚園のためのプレゼントやカードなどをすべて用意した。なんとか気に入ってもらえるものが贈れたようで一安心。また、これまでのお礼のスピーチもなんとか無事に終え、ほっとしたのもつかの間、会はもう終盤、クライマックスを迎えようとしていた。

         前もって大勢の親たちに声をかけ、お願いしておいた効果があって、みんながすばやく移動し、アーチを作ってくれた。色とりどりの花で飾り付けられたアーチの両側を大人たちがかかげ、小さな子どもたちはふたりずつ組になって手をつなぎ高くかかげる。このアーチをくぐりながら、杖を手にした卒園児たちは幼稚園を後にする。この杖はドイツ語でヴァンダー・シュトックと呼ばれ、登山や巡礼、マイスター制度の修行などに行く人がよく手にしているものだ。ドイツの伝統では、今まで受けた庇護のもとから去ること、そして、何かを学ぶための一歩を踏み出していくことのシンボルとされている。次女も卒園前の数週間、自分で、ころよい枝を探し、彫刻をほどこし、色づけをし、肩に担ぐ部分には、これも自分で始めて縫った子袋を結わえ付けて、自慢の杖を作った。いわば幼稚園で作り上げた最後の作品となる。次女が、半分自慢げに、でも少しはにかんで歩いてくる。感慨深く眺めている暇はない。出口の門のところにはメインイベントが待っている。母親の私は大事な一瞬をカメラに収めなければならないのだ。
        自分で作ったヴァンダー・シュトック
        自分で作ったヴァンダー・シュトック

         出口には今まで3年間次女たちを見守ってきてくれた先生ふたりが大きくて丈夫な布を持って待っている。次女がやってくると、ふたりは門の両端に立ち、布を大きく広げて真ん中に次女を座らせた。ブランコよろしく1回2回と布を前後に揺らせて「明るい未来へとんでいけー!」と放り出された次女は、今、名実ともに幼稚園を後にしたのだった。
        未来へ「放り出される」
         未来へ「放り出される」

         それでも「放り出されてすぐ幼稚園を去るというのはけっこう名残惜しいものだよ」と昨年卒園した子の親がアドバイスしてくれたこともあって、今年はみんなで風船を飛ばすことにした。これも手際よくみんなが協力してくれて、お父さんふたりが風船をガスでふくらまし、残りの母親たちは、子どもたちがメッセージをしたためた葉書をくくりつける。「1、2の3!!」で舞い上がった風船をながめるみんなの満足そうな顔を見回して、やっと少しセンチメンタルな気分にひたれた母親の私だった。
        風船、高く飛んでいくといいな
        風船、高く飛んでいくといいな


        ≪たき ゆき/プロフィール≫
        レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、9歳の長男、6歳の長女、4歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。
        | 『ドイツ田舎の幼稚園』/たき ゆき | 03:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        CALENDAR
        SMTWTFS
              1
        2345678
        9101112131415
        16171819202122
        23242526272829
        30      
        << September 2018 >>
        SELECTED ENTRIES
        CATEGORIES
        ARCHIVES
        RECENT COMMENTS
        RECENT TRACKBACK
        MOBILE
        qrcode
        LINKS
        PROFILE
        このページの先頭へ