「地球はとっても丸い」プロジェクトの面々が心を込めてお届けしたエッセイです。
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『異邦人』を読む季節 /2月
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    夏樹 (フランス・パリ在住)


     息子は中学校の最終学年で、今や2学期が終ろうとしている。高校の普通科に行くか、あるいはすぐに職業に結びつく技術高校や職業高校に行くか、が決まるときである。本人に自覚はあるのかないのか、「高校、どうするの?」と聞いても、「どうにかなんじゃない」の一言である。

     子どもの将来を考えるとき、私がいちばん怖れるのは、学歴云々(うんぬん)ではなく、俗に「タンギー族」と呼ばれる若者たちのようになられることだ。これは、15年ほど前の映画「Tanguy」に由来する言葉で、大学を卒業して数年たった若者タンギーが両親の家に居座るというあらすじだった。両親はなんとかして息子を独立させようとするのだが、居心地良い家庭をなぜ離れようか? コインランドリーなど行かなくて済むし、冷蔵庫にはいつもなにか食べるものがあるし……映画では、タンギーは次々と恋人まで両親の家にひきずり込む。愛の物音を毎晩聞かされる両親はノイローゼになるというような顛末まであった。

     今のフランスでは、これが笑うに笑えない現実だ。ひとむかし前までは、18歳過ぎて親と同居というのはとても珍しかった。「自立した子どもを育てる」というのをモットーにしている人々が多いお国柄だけに、余裕がある家庭では、親が家賃だけ払ってでも、成人した子どもは家におかなかったものだった。

     ところが、住宅難プラス失業率の倍増でその反対の傾向が多くなっている。それだけではなく、メンタリティーの変化も、確かにありそうだ。「齧れる(かじれる)スネはできるだけ齧ろう」という若者が増えてきている。実際に、私の周りにはこのような若者のケースが何件かある。25歳過ぎて親と同居する。失業率10%を言い訳に、「どうせ」と言って仕事は探さない。ひどいのは、朝寝て夕方起きて、パソコンだけを相手にして暮らす。もちろん、寄ってくる彼女もいないので、ますますオタク化する。

     これだけは避けたい。子どもには、自分の人生を生きてもらいたい。失敗しようと、どんな憂き目を見ようと、よろめきながらでも自分の道を歩んでもらいたいのだ。

     そうこうしているうちに、高校進学相談会が開かれた。息子は音楽学校に半日行くコースに行っているので、あまり選択肢はない。受け入れ高校は4校だけである。

     成績が上から3分の2までならば、まちがいなく普通科に行く。それ以下の場合は、技術科か職業科である。

     技術科はまだツブシがききそうで、18歳で仕事に就かない場合、大学の理科系は無理だが文科系に進むことはできそうだ。ところが、職業科となると、そうはいかない。取得できるのは「受付係免状」、「清掃係免状」、「販売係免状」などで、高等教育を受けるチャンスをまったくもたずに、卒業と同時に勤労社会のなかに放りだされる。

     「あの成績では、うちのはいったいどうなるんだろう?」と暗くなる。14歳の時点の成績で将来が決まってしまうのは、ちょっと早いのでは? と思うのだが、日本でも高校進学はそういうものだったのかもしれない。

     鬱々として帰ってきたところ、息子は食卓でホットチョコレートを飲みながら本を読んでいる。このところ、いつもマンガだったので珍しいなーと思いつつ、傍を通る。

    「なに、読んでるの?」

     と、聞いてみる。ここ1年、買ってやる本はすべて「つまんねー」と言われたため、どういう本なら読むのか興味をもつ。

    「カミュの『異邦人』」
    「?」
    「ヘンテコな話だけど」

     私が20歳の時に読んで、全然わからなかったものを、こっちのガキは14歳で読むのだろうか?

    「学校で読めって言われたの?」
    「いいや、べつにそういうわけじゃなくって」

     黙ることにした。少し、希望がもてたので……。


    ≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
    フリーランス・ライター。在仏約20年。パリの日本人コミュニティー誌「ビズ・ビアンエートル」や日本の女性誌に執筆。
    | 『夏樹のエッセイ』 | 00:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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