「地球はとっても丸い」プロジェクトの面々が心を込めてお届けしたエッセイです。
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第3回 インドネシアの情景
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    連載「わが心のインドネシア、かな?」
    文・写真:ワヤコ(東京・日本)

     常夏の国インドネシアから日本に帰国してはや半年。南国流ののんびりスタイルが染みついてしまったためか、家の中にはいまだに片付かない引越し荷物が10箱近く積み上げられ、リビングルームの大半のスペースを占有している。

     しかし、今年も残すところあと1ヶ月。さすがにまずかろうと、日曜の午後、重い腰をあげることにした。そして、早速、小さな段ボールを開けた。すると中には、私がインドネシアで撮りためた写真を入れた木箱があった。思わず、木箱の蓋に手がのびる。「写真を見るのは、片付けが終わってからでしょ!」という理性の声が耳元で聞こえるものの、パンドラならぬ木箱の蓋を開けた私は、半年ぶりに見るなつかしいインドネシアの写真を一枚一枚丹念に見始めた。

     私は、ジャカルタで出会った友人の影響で写真を始めた。そしてすぐに、初心者でもそれなりに味のあるものになるインドネシアの写真に夢中になった。もしかして、私って才能あるかも?と、勘違いをしそうになったが、その友人によると、「誰が撮ってもインドネシアでは、いい写真が撮れるの。とってもフォトジェニックな国なのよね。それに比べると東京は、どこもグレーだしつまらない」と言うことで、どうやらインドネシアは特別らしい。

     たしかに、帰国してしばらくはカメラを片手に東京の街をファインダーにおさめてみたものの、これぞ!というような写真が撮れなくて、いつのまにか私のペンタックスは埃をかぶるようになっていた。

     インドネシアで撮った写真が、なぜ、魅力的なのか。半年ぶりにながめる写真から、はっきりと分かった。それは、光の具合や街を彩る鮮やかな色彩などの、いい写真を撮るための条件が備わっているためだけでなく、写真の中に人の生活の匂いが感じられるから。よそ行き顔の東京の街とは違い、紛れもなく、ムキだしの人の本音があるから。

     そんなインドネシアの生活の匂いがする写真をちょっとご紹介。

     真っ赤なタラコ唇から大きな歯がのぞくいかにも胡散臭そうな看板。インドネシア語で「歯の専門家」とある。ちょっと器用な人が「専門家」と名乗り、治療をしているらしい。地元の人は、結構、利用しているとのことだが、私なら、どんなに痛くても、ここでは治療は受けたくない。看板の下には、素足の女性が遠くを見つめて座っている。対極にあるような両者だが、何でも商売にしてしまうたくましさと、それでも生活は、なかなか楽ではない、というインドネシアの実情が表れていると思う。

    インドネシアの情景

     ジャカルタで、民家の立ち並ぶ細い路地に入った。とある家の前で目にした、吊り下げられた木彫りの人形にぶら下がる鍵。おそらく、帰宅する子どものためにわかりやすいようにと、お母さんがかけたのだろう。家に鍵をかけ、その鍵を人目につきやすいところに置く。「頭かくして尻隠さず」。人のいいおおらかなインドネシア人らしさが現れた写真。

    インドネシアの情景


     しかし、写真におさめることのできる生活の匂いばかりではなかったことも現実。強烈な残像として焼き付き、この先も決して忘れることのできない情景がある。

     貧富の差の激しいインドネシアには、ストリートチルドレンがいる。彼らは、交通量の多い表通りで、車が信号で停止するとひらりと車道に飛び出し、楽器をかき鳴らしながらお金を無心する。大変な状況と言えば確かにそうなのだが、期待はずれの金額だったりすると、後ろをむいて舌を出す、そんな、人の同情を寄せ付けないたくましさがあった。

     ストリートチルドレンが幅をきかせる表通りを一本入った裏通り。週に一度、日本食の買出しのため車で通る、薄暗い通りのひどく凸凹だらけの歩道には、油がしみこんだ汚れた作業服の男がいつも座っていた。彼は、車から投げられるコインを座ったまま受け取っていた。ある日、投げられたコインがころがった。すると、彼は手で身体を支えながらそのコインを追いかけていった。その姿を見て、何故、いつも座っていたのかが分かった。腿から下がなかったのである。 

     車の中から、彼にお金を渡すのは難しかった。あわててお金を用意しても信号が変わってしまったり、事前に準備していてもやけに道路がすいて勢いよく通りすぎてしまったり。お金を渡すには、信号のため都合よくその前で停車し、しかも、お互い目が合って受け渡しの了解することが必要だった。

     ある日、機会がやってきた。ほどよく混んだ道、顔をあげてこちらを見ている男。確かに目があった。よし、今だ!と、大きく窓を開け、うまく足元に落ちるようにと小さく折りたたんだ札を投げた。すると、その瞬間に、風がピューと吹いてきて、私の投げた札をさらっていってしまった。私が、「あっ」と叫んだ瞬間に見せた彼の表情。風にのって飛ばされていく札を目で追いながら見せた無念そうなその表情。すぐに信号が変わり、後方のクラクションに促され車は発進した。それ以来、いく度か通った凸凹の歩道に、彼の姿はなかった。 

     写真に収めたもの、心に刻まれたもの。ここ数日、インドネシアの情景を思い出している。そして、リビングルームに積まれた段ボールの山は、いまだに片付いていない。

    ≪ワヤコ/プロフィール≫
    約3年間のインドネシア・ジャカルタ生活を終え、6月下旬に日本に帰国。東京在住。インドネシアでは、大好きなインテリア・雑貨店をおとずれそのセンスのよさに驚愕する毎日を送る。現在、インドネシアと日本のインテリア・アートなどを紹介する記事をブログで更新中。 ブログIndonesia Arts&Living
    | 『わが心のインドネシア、かな?』/ワヤコ | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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