「地球はとっても丸い」プロジェクトの面々が心を込めてお届けしたエッセイです。
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第6話 「ただいま」香港/(みゆきりん)
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    リレー連載『地球丸寄港』
    文・写真:みゆき りん(香港・ランタオ島在住)


     いつからだろう、
    飛行機が香港に着陸して、帰ってきた、と思えるようになったのは。
    ヴィクトリア・ピークからの夜景

     それは世界中のパイロットたちを興奮させた、着陸寸前に大きく右折して最終着陸態勢に入る「香港カーブ」で知られる九龍の街中にあるカイタック空港でのことではない。スリルのある着陸やその直後の機内に漂う独特な臭いは、通過地点にしかすぎなかった。航空会社に入社して間もない私は、いつもジャンボ機の最後部の右側ドア席からその着陸を感じていた。窓から見えるのは大きなダブルハピネスのたばこの看板。夜遅くても、雨が降っていても、その黄色く明るい看板を見ると、この街にはいいことが溢れているに違いない、と感じた。

     イギリス植民地である香港が、中国に返還される3年半前のことだった。外国人が多いその会社で同僚と何気なく交わされる会話は

    「いつまで香港にいるつもり?」

    だった。みんなが口ぐちに答えた。

    「返還前かな」

     先が見えず少しナーバスになってはいたものの、いざ何か変われば自分の国へ帰ればいいという保険もあった。

     旅行で訪れた北京の天安門広場には香港返還までの時間がわかるカウントダウン時計が設置されていた。華僑の友人とその前で記念写真を撮っていると、あるおばさんが娘さんらしき少女と近寄ってきた。少しだけ北京語がわかる友人が通訳してくれた。私たちが香港から来た事を知ったおばさんは、涙を流しながら握手を求めてきた。

    「やっと1つの国になれてうれしい。北京に来てくれてありがとう」

    と言いながら。一個人として、返還はいいものだと感じるようになった。

     やがて1997年7月1日には返還の花火が上がり、翌年には空港の引っ越しがあった。世界中の航空ファンが最後にその雄姿を一目見ようと、大勢やってきた。私も含め、返還で香港を去ると言ったほとんどのクルーはそのまま居残った。チェックラップコック新空港への引っ越しの前日、クルーにとってもお客さんにとっても最後のカイタック空港への着陸をコックピットから見守った。着陸直前、眼下に広がる古い建物から活力を感じたが、エネルギッシュな街はまだ通過する場所だった。
    文武廟の線香

     フライトが終わると、家には帰らずに1時間後には他の目的地へ飛び立つ飛行機に乗り、数日間バックパッカーに変身していた。それが7年たって香港の永住権を手にした時くらいからだろうか。香港にいるとホッとすると感じるようになってきた。
    街

     人口700万人がギュウギュウ詰めに暮らしている香港には、いろんな国の人がいる。金融に携わる欧米人、元ブリティッシュアーミーで働いていたネパール人やインド人、住みこみの家政婦としてフィリピンやインドネシアから出稼ぎにきている女性たち。中国大陸からやってくる人もいれば、返還前にカナダやオーストラリアに移住したはずの出戻り香港人もいる。そしてみんな他人のこととなると適度に無関心である。それがたまらなく心地いい。過去も未来も関係なく、現在の自分を受け入れてくれる仲間たち。香港は多くの人にとって通過地点であるから、誰もが「今」だけをみつめて生きているのではないだろうか。

     朝ジョギングしていると手を振ってくれるバスの運転手さん、日本の祖父宛の手紙の切手をビューティフルなものにと時間をかけて選んでくれる郵便局のお兄ちゃん、わざとたくさん作っておすそ分けしてくれるお隣さん。故郷とよべる場所がなかった私にも、やっと「家」とよべる場所ができたような気がする。たとえそれが一時的なものであったとしても。

     相変わらずさまよいグセはぬけないが、空港のあるランタオ島の山が見えてくるとどこか落ち着く。

    「みなさま、当機はただいま香港チェックラップコック空港に到着しました」

    という機内アナウンスを耳にすると、心の中でつぶやく。

    「ただいま」


    ≪みゆきりん/プロフィール≫
    香港在住16年。転勤族の父に連れられ、いつも「転校生」だった小・中学校時代。大学時代はハワイへ留学し、卒業後は航空会社に勤める。現在は幼児2人を連れてさまよう、子連れバックパッカー。
    | 『地球丸寄港』/メンバーによるリレー連載 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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