「地球はとっても丸い」プロジェクトの面々が心を込めてお届けしたエッセイです。
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第9話 地図にはない共和国
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    リレー連載『地球丸寄港』
    文・写真:田中ティナ(スウェーデン・エステルスンド在住)


     私の第二の故郷は、ヤェムトランド共和国にあるエステルスンド。ご存知の方おられるだろうか? 場所はスウェーデンの中央部やや西側。1963年、時の政府の政策に物申すために「建国」されたそうなのだが、世界地図には載っていない。というのも、あくまでも自称で、正式にはスウェーデン王国のヤェムトランド「県」だからだ。それでも自前の「国旗」や「国歌」もあり、選ばれた大統領もいて、さらに独自の言葉「ヤェムスカ」もあるという徹底振り。シリアスな歴史背景に潜む茶目っ気と遊び心の深さには感心してしまう。

     歴史的に見てみると中世期、隣のノルウェー領地になったりスウェーデン領になったりと状況がめまぐるしく変わったため、文化的にも両国の影響を受けているという。だからこそ、自分たちのよりどころである「共和国」を誇りに思う、旺盛な独立精神が育まれたのかもしれない。

     さて、冬でもサーフィンのできる湘南育ちの私がエステルスンドに居を構えるようになったのは、ひとえに相方の生まれ故郷だったからだ。お互いスキーのフリースタイル種目の国際審判だったのが縁。フランスのワールドカップで一緒に仕事をしたのがそもそもの始まりだ。

     こちらに移ってきた当時、会話の合間に人々が発する息を吸い込む「シュー」という音が気になった。はじめはしゃっくりかしら、などと思っていたのだが、それにしては規則正しく続くわけでもないので一体なんだろうと思っていた。後日、実はその音が相手の言葉に対する返事というか相槌の表現だと聞いて目からウロコ。とくに寒さの厳しい冬、できるだけ口を開けないで意思が伝わるように工夫された、という説にもうなづける。

     夫と成田空港から電車に乗ったとき、東京都から多摩川を渡って神奈川県に入ったことを告げると、「えええっ。ずーっと建物が続いていたのに、もう次の県に入ったって?」とまったく信じられなかった様子だった。

     人口がもっとも集中しているストックホルムでも郊外に行けば次の町まで軒並みが続くことはない。ましてや人口約5万8000人規模のエステルスンド。その人口密度は1平方キロメートルに26.5人(2008年資料)だから、町と町の間には家ではない空間、たとえば森や牧草地、場所によっては湖などが広がっている。物理的に人との距離がとれるためか生活のテンポにも余裕があるように感じるのは気のせいだろうか。

    沈まぬ太陽

     一年でいちばん日の長い夏至の日。この町の日の出は午前2時50分、日の入りは午後11時17分。天気が良ければ20時間26分ほど太陽が顔を出している計算だ。日がまったく沈まない「白夜」ではないけれど、日没後も西の空はほの明るく、空が濃い群青色になって少し暗くなったかな、と思ったら東の空が白みだす、という具合。その反対が冬至のころ、日がまったく昇らない「極夜」の時季。日の出が9時41分。太陽の軌跡も地平線からひょっこり顔を出したかと思うともう沈みかけ、午後2時18分日没。午後4時には夜空に星が瞬いていることになる。日中でも天気が悪ければどんよりと薄暗い。1年を通してみれば日照時間は日本とも大差がないのかもしれないけれど、夏と冬の極端な昼間の時間差にはなかなか慣れることができない。12月になれば商店街や家々の窓辺にはクリスマス用の装飾電気がきらめき、その明かりが積もった雪に映えて、町全体が明るい雰囲気になるのだが、秋から冬へ駆け足で季節が移ろう11月は雪はちらついても根雪にはなりにくく、町全体が暗い。そのため憂鬱な気分になる人が増える月でもあるという。

    修理中の家

     また、プロに頼むと人件費が結構割高なせいか、家の修理や改築など、少々大掛かりなことまで自分たちで気軽に挑戦する人が多い。長い休みがあるから屋根を葺き替えるというような大きなプロジェクトにも集中して取り組めるのだろう。人手が必要なときには、友だちや近所同士で機械を持ち寄り助け合うこともしばしばだ。

     というわけで、我が家も郊外にある1890年代に建てられた古い家を来年の引越しを目標に改築中。近隣の人たちも初対面ではとっつきにくい印象だったが、一度知り合えば快く手助けしあう間柄。それも適度な距離をとりながらだから心地よい。

     この町に暮らしてみて見えてきたのは、人々がそれぞれの条件の中でイキイキと生活している、ということ。このところの金融危機で年金の切りつめなども懸念されているが、それでも老後の保障が実感できるから貯蓄は意外と少ないという。稼いだお金は将来のためにすべて貯め込むのではなく、人生を豊かに過ごすために有意義に使うことができるのだろう。
     さらに、自分たちが払う税金の使い道に敏感で常に政治に注意を払い、物のリユースやリサイクルに積極的に取り組むというような堅実さも見受けられる。
    食事中?のムース

     運転中、目の前に巨大なムースが飛び出してきてびっくりすることもあるけれど、身の丈にあった暮らしを楽しむ人々と豊かな自然に包まれた第二の故郷を、もっともっと知りたいと心から思っている。

    ≪田中ティナ/プロフィール≫
    東京生まれ湘南育ち。大学では写真を専攻。取材、執筆、撮影業の傍ら、スキーのフリースタイル(モーグルやエアリアル競技)の国際ジャッジ資格を取得。冬は国内大会やワールドカップなど雪を求めて世界あちこちを飛び回る。来年バンクーバーオリンピックもジャッジ予定。

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