「地球はとっても丸い」プロジェクトの面々が心を込めてお届けしたエッセイです。
149号/西川桂子
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    バンクーバーで暮らしていると、日本からの客人が多い。特に夏休み中は、数週間、カナダで滞在したいという若者が、知人の紹介を通じて、我が家にやってくる。

    しかし、“ツテ”を頼ってやってくる人たちは、なかなかの曲者だ。一人でホテルやホステルに滞在したくないのでホームステイ。私は自宅で仕事をしている身なので、あちこち観光に案内することはできないと、最初から断っておいて、それでもよければ滞在いただいてきた。彼らは語学学校に通うわけでもなく、毎日ゴロゴロして過ごす。ガイドブックを片手に観光することもない。一体、何のためにバンクーバーに来ているのだろうと、首をかしげたものだ。

    今までの経験で、あまり良い想い出がないので、誰に頼まれても、もうホームステイの学生は預からないと宣言していたはずなのに、この夏、久しぶりに留学生に滞在いただいた。市の教育委員会が行う、短期留学生のホストファミリー募集広告を見つけたためだ。中国と日本からの8〜18歳までの青少年を預かるというもので、我が家の子どもたちと年齢が近い。カナダにいながら同じ年頃の学生と国際交流ができるかなと考えた。日本人と指定したわけではないが、東京からの高校生が2名、2週間やってきた。

    今回、良かったのは、この学生たちは学校の夏休み語学研修の一環で来ていたことだ。平日は毎日学校があるし、ある程度明確な目的意識を持っている。出発前にオリエンテーションがあったのだろう。家族や日本での生活を、我が家の子どもたちに英語で説明してくれた。毎日、合宿のノリで和気藹々と過ごしているのを見るのは微笑ましかった。日本文化についても教えてもらえるかと期待していたものの、ティーンエイジャーの話題は音楽やスポーツだったが、こういった交流も悪くないと思った。


       (カナダ・バンクーバー 西川桂子)
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    第2回 お父さん時間
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      隔月連載 「ドイツ田舎の幼稚園」
      文:たき ゆき(ドイツ・キール在住)

       昨年の秋ごろから、幼稚園では「お父さん」がブームである。送り迎えに父親の姿を見かけることがぐんと増えたのだ。田舎の幼稚園だから、農業を営む家などもあり以前から父親が付き添って来る例はいくつかあったが、この頃はサラリーマンの父親が続々登場、通園してくる子どもの約半数は「パパ」とやって来る。

       喜ぶ子どもたちの笑顔とうらはらに、ブームの背景にあるのは地元企業の時間短縮だ。ある母親は「あら、今日はお休みですか」とうっかり声をかけ、悲しい反応をされて困ったと話していた。経済危機の波は北ドイツの田舎にまでひたひたと押し寄せ、多くのサラリーマンが、働きたくても週に何日かは出勤できない、遅く出勤して早く帰宅する、という状況に追い込まれた。今年5月にドイツ政府が時短手当支給期間延長を承認したことに見られるように、世界的には回復基調といわれる現在でも時短を継続する企業が多く、好転はまだ肌で感じられるほどではない。

       理由はともあれ、突然子どもたちと時間を共有できるようになったお父さんたちの反応を観察するのは、ある意味たのしい。いろんなタイプの父親がいるが、いちばん目立つのは「頑張って幼稚園に慣れよう」タイプだ。門を入ってから玄関にたどりつくまで、忘れ物はないか、注意することは何か、などを我が子にずっと語りかけ、幼稚園の先生にも昨日の「我が家の一日」を話して聞かせ、仕上げにお母さん同士の噂話にも参加してからやっと幼稚園を後にする。完璧なまでにすべてをこなして、お母さんの中にはひき気味になってしまう人がいるほど。それから数の上でかなり多いのが「場違いなところにきちゃった」タイプ。挨拶など必要最低限のことは口にするが、やらなきゃいけないことをさっさと終わらせて帰りたいという気持ちが表情や動作にも表れている。でも、ふいに小さい子どもたちに囲まれて質問攻撃にあったりすると、急に相好を崩して、やっぱり優しいパパの顔がのぞく。「おっかなびっくり」タイプもいる。幼稚園に通ったのはもう数十年も前のことだし、その頃は母親がすべてお膳立てしてくれていたからか、何をやるにも自信がない。これはどうしたらいいのか、あれはどうしたらいいのか、と子どもに一所懸命尋ねているのだが、当の子どもは遊びに夢中で答えてくれず、途方にくれている。「あなたの子のリュックサックはこれ、靴はここにありますよ」とちょっと教えてあげただけなのに、いたく感謝されてしまったこともある。

       急に幼稚園という未知の世界に足を踏み入れることになったお父さんたちの心中を思い図ると、複雑なものがある。時間短縮は深刻な問題だ。働く時間がカットされる分だけ収入も減るのだから、今までの生活水準が維持できるか、という不安と直面することになる。失業者を出さないための時短だから、さっさと見切りをつけて他の職を探すというわけにもいかない。収入削減分をどうにかして埋めようと、母親がパートに出る例も多い。心の奥に心配を抱えながら我が子と朝の一歩を踏み出すとき、晴れわたった初夏の空をうらめしく眺めてしまうことだってあるだろう。

       しかし当の子どもたちは、そんな危機感とは無縁だ。それまで自分と母親の世界でしかなかった幼稚園に父親と来ている、という何か特別な気分を大いに満喫している。そのうち子どもたちの間で「パパ」の送り迎えを自慢することまで流行るようになった。「今日はパパと一緒に来たんだぞ、いいだろー!」とひとりが言えば「あたしだって、パパが迎えに来てくれるんだもん!」ともうひとりが返す。だんだんエスカレートして、ついにはうちの娘たちまで「パパ、幼稚園に連れてって!いつもママじゃつまらない」などと言い出す始末だ。

       ひょんなことから始まってしまった「お父さん時間」だが、子どもたちの笑顔を見ていると、あながち悪いことばかりではないのかな、と思えてくる。意識こそしていないものの、子どもは、自分がいつもどんなことをして遊んでいるか、どんな友達がいるか、お父さんにもわかってもらいたいのだろう。父親たちも新たな刺激を受けているかもしれない。実際、ある父親は「みんなのために」と遊具の修理をかってでてくれた。父母会に参加する父親も増えた。彼らの意見は新鮮で、違った視点から物を眺めることの大切さを教えてくれる。元気な子どもたちから、父親もエネルギーをたっぷりもらって、さまざまな危機が乗り越えられるよう心から応援したい。

      ≪たき ゆき/プロフィール≫
      レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、9歳の長男、6歳の長女、4歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。
      | 『ドイツ田舎の幼稚園』/たき ゆき | 02:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      第1回 フェミニストは嫌い?
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        隔月連載「フェミニストは嫌い?—フランスの女性事情—」
        文:夏樹(フランス・パリ在住)


         フランスに来たのは20代中頃だったから、たとえ純日本女性として教育を受けたといえども、私がいっぱしの女性に成長したのはフランスでのことである。

         しかし、勉強やら仕事、育児に夢中だったので、20数年はあっという間に過ぎ去った。何も考えずに目前の事柄の処理に追われる毎日で「女性としてどう生きるか」という問題に、真剣に取り組むような余裕はなかった。それでも、友人たちとの会話で「女性」がテーマになったりすると、「?」と思ったりすることはあったのだが、あくまで水面下に潜む程度の問題でしかなかった。とにもかくにも去年の後半から仕事も私生活にもゆとりができて一段落すると、自分について考える時間も増えた。そうすると、なぜか、自分の「女性」の部分が気になるようになった。「女ってなんだ?」、「どうせなら、男にはできないような人生を楽しみたい」などなど、好奇心がふくらみはじめた。

         男性のイメージというのは、世界中、かなり画一化されているような感じがする。どの国を旅行しても、広告に出てくる男のイメージは「たくましい男」「仕事ができる男」「頼れる男」その程度のヴァリエーションしかないではないか? 生き方にしても、まずは「仕事人」を核にして、「夫」であるとか「父」であるとかに限られてしまいがちだ。

         それに反して女性のイメージは千差万別で、選択肢には事欠かない。生き方にしても、(そう簡単ではない国もあることだろうが、私が知っている日本とフランスに関して言えば)母に徹することもできれば、仕事一筋で生きることもできる。専業主婦で幸せという人もいるだろうし、あるいは妖婦として自分の魅力を最大限に活かして生きていく生き方もあるし、いくつかを組み合わせてみることもできる。もちろん、環境によっては、小うるさいことを言う輩もいるかもしれないが、「私はこれでいいの!」と言ってしまえば、所詮それまでである。

         女性の人生の醍醐味のひとつは、こんな千変万化を楽しみながら二重、三重の生活を送ることができたり、あるいは、そのうちのひとつに徹することを選ぶこともできるという、その自由さだと思う。10年ほど前、昼間は大会社のエリート社員でありながら、夜は娼婦をしていて客に殺された「東電OL事件」が話題になったが、私にとって彼女の生き方はそんなに不可解なものではない。実際に実行するかどうか、そこまで落差の激しい二重生活をするかは別として、女性はいくつもの顔をもっている生きものだと思うからだ。

         そして、私が実際に暮らしているフランスでは、とくにその傾向が強い。それだけに、女性はいくつもの役割をこなす多忙な生活を送っているのだが……。そう、彼女たちはほんとうに頑張っている。見ていて涙ぐましくなるほどだ。子どもの面倒はしっかりみて、それもEU諸国一の多産な国なので平均は一家族あたり二人。仕事は男性並みにして、家事はフェミニズム運動以前のようにする。料理ぐらいしてくれる男はいるが、片付けや掃除はあまりあてにならないのが実態だからだ。その間も、ある程度の美しさに達するたゆみない努力を怠らず、ほとんど女性が年中ダイエットをしている。3分の2のカップルは離婚するので、妻の座に安心して座っているわけにはいかないうえに、ラテン国の常として「いつも見られている」という意識は女性に顕在だからだ。

         しかし、女性と男性の違いや性差というのは、社会の仕組みとして厳として存在する。たとえば、民間の会社では女性の給料は同じ仕事をする男性より27%低い。また、「仕事をもつ女性」といっても、みんなが見栄えの良い職を選べるわけはなく、多くの女性はパートタイムで働いていたり、時給が低い職種を選ばざるをえないので、当然、年金も低い。大企業の社長クラスになると女性は全体の僅か17.4%。女性代議士の人数は格段に少なく全体の18.5%。(2010年3月8日付けル・モンド紙)。1970年代の激しいフェミニズム運動を経験した国というイメージとは裏腹の、前時代的な面も残っているのが現状だ。

         このように、フランスは、良くも悪くも自分が女性であることを絶えず意識させられる国である。ジェンダーフリーを唱える人からみると、とんでもないかもしれない。どういう歴史背景と環境でこういうことになっているのか、それを、私は自分なりに考えてみたり、周りの人々に聞いてみたいと思う。そうすることで、これからの自分の女性としての生き方にきっと新しい可能性を見出したり、ステレオタイプな視点から脱出できるのでは、と期待している。読者のみなさんからも、「そんなことないんじゃない?」とか、「こういうふうにも考えられるんじゃない?」という意見があったら、ぜひ、お聞かせくださいね。

        ≪夏樹/プロフィール≫
        フランス在住。フリーライター。普通の市民としての視点忘れずに、新しい連載に挑戦してみます。 


        | 『フェミニストは嫌い?;フランスの女性事情』/夏樹 | 00:39 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
        第148号 たきゆき
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          個人的な話だが、この夏日本へ一時帰国する。

          ドイツに暮らして10年近くになるにもかかわらず、夫と私、それに3人の子どもを連れて家族全員で帰るのは初めてのことになる。結婚した当初の身軽な頃は頻繁に帰っていたが、出産・転職・引越しなどが次々にあって、何だか伸ばし伸ばしになっていた。

          実家の両親の年齢や、仕事など、考えるところがあって、重い腰をあげたのが昨年末。年明けから準備にとりかかった。子どもたちのパスポートの申請、飛行機のチケット手配、ホテルの手配(自分の部屋ももうない実家に5人家族が長くやっかいになるわけにもいかない)、空港の駐車場予約、子ども用スーツケースの購入、チャイルドシートなどの貸出し予約などはかなり早目から準備できた。せっかく高い料金を払って長時間かけて飛ぶのだから……と滞在もできるだけ長く設定した。するとこんどは留守宅の管理も必要になる。新聞の配達をストップし、郵便受けのチェック、植物の水やりなどをしてくれる人も頼んだ。あとは、みんなの好みに合わせてお土産を買って……やれやれやっとどうにか荷物を詰める段になりそうだ。

          ……なんて思っていたら、夫がふと「僕が手塩にかけた果物たちが、旅行中に熟すと思うんだけど、どうしよう?」とつぶやいた。そうか!うっかり忘れていた。我が家の夏の大仕事を。毎年この時期には、さくらんぼは瓶詰めに、プラムはムースに、スグリの実やキイチゴはジャムにと毎日のように太陽の恵みを小瓶に詰めていたのだった。今年はそれができない。その上、こんな手のかかる仕事を代わりにやってくれる殊勝な人もあまりいない。無料で家と庭を貸しますから、だれかこの大仕事を引き受けてくれる方いませんか?なんて大声で呼びかけたい気分だ。何とか美味しい果実を無駄にしない方法はないかと無い知恵をしぼる夏の午後である。

          (たき ゆき ドイツ・キール近郊在住)


          | こちら、地球丸編集部! | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          第1回 古民家を新居に大改装
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            隔月連載 「新居は再生古民家〜スウェーデン流〜」
            田中ティナ(在エステルスンド・スウェーデン)

             使えるものは大切にいつまでも使うことが大好きなスウェーデンの人々。我が家も例外にもれず、夫の母の母の母のお父さん、つまり夫にとってはひいひいおじいさんが1890年代に建て、夫の母もそこで生まれたという、古い家を譲り受け、私たちの新居として改装することになった。それも自分たちで……。この国は地震もほぼなく、そして全体的に乾燥した気候なので家を食べる害虫も少ない。そのため100年以上の木造家屋でも建物のベースは十分住むに耐えうる状況を保っている場合が多く、こういった相続も可能というわけなのだ。
            1915年の我が家。家の前に立つのは当時のオーナー夫妻
            1915年の我が家。家の前に立つのは当時のオーナー夫妻

             日本なら新築は言うまでもなく改装でも床暖房、電気配線、水道の配管、壁の増築や屋根の張替え、さらに上下水道の整備などは、それぞれ専門家に依頼するのが普通だと思う。ところが夫は改装作業を基本的に自分たちでやると宣言。彼自身、大工の資格を持っているとはいえ、「ホントにできるの?」と、ど素人の私は不安のかたまりだったが、彼の決心はみじんも揺らぎはしなかった。一瞬、私は彼が単に物好きなのかと思ったけれどまわりの人に聞いてみると、自分たちで時間をかけて家を建てたり改装している例があちこちから聞こえてきたのだ。さらに、住むための最低条件が整えば、すべての部屋が完成していなくても、住みながら手直ししているケースもままあるという。

             もちろん、環境対策や改装の決め事など法律が整備されているので地域のお役所へ申請し、チェックを受けながら作業を進めることになる。お役所手続きにはお金がかかるし、担当者によって話のニュアンスが微妙に変わったりするので時間もかかることになる。お役所仕事にはこの国でも忍耐が肝要ということも思い知った。

             「自分たちの家に住みたい」という私たちの思いと「自分の生まれた家を残したい」という夫の母の思いが重なり、義母が彼女名義の家の権利を私たち名義に変更することを快諾してくれたのも追い風になって、2008年、本格的に古民家再生計画がスタートした。

            大改装着手当時の外観。家の真ん中の煙突はレンガを積みなおすために撤去。屋根は今では使用が禁止されているアスベスト製
            大改装着手当時の外観。
            家の真ん中の煙突はレンガを積みなおすために撤去。
            屋根は今では使用が禁止されているアスベスト製

             改装する建物は今住んでいるエステルスンドの郊外30kmほどにある。エステルスンドはストックホルムから北西へ約650kmにある地方の町で、人口は周辺を含めて6万人弱。街を一歩出ればムース(大角鹿)など野生の動物が住む森と湖が広がり自然環境にも恵まれている。

             古民家の土台は石の木造二階建て。最寄りのスーパーマーケットまでは約8km、車で10分ほどだ。お隣には義母の小学校の同級生が年金生活者として暮らしており、道の向かいには羊を飼っている農家の方が住んでいる。家の前には大きな川に続く小川があって冬は全面結氷するが6月の今、私たちの中古ボートも静かな流れに浮かんでいる。水辺に住むことがある種の憧れでもあるので、その意味でも絶好のロケーション。

             改装準備に着手したのは3年前にさかのぼる。こんなに時間がかかるのも冬場、夫はスノーボードとフリースタイルスキーの、私はフリースタイルスキーのジャッジとして活動しているので、改装作業に集中できるのは5月からせいぜい9月と限られているためだ。

             建物は夫とその兄が10代のころサマーハウスとして使ったこともあったらしいが、私がはじめてそこに足を踏み入れたときはまさに倉庫状態。70年代のカラフルな洋服、昔の暖炉やひいおじいさんの時代の領収書など、ありとあらゆる物が詰まっていた。片付けるのになにから手をつけていいのか、とため息をついたものだ。そのため2007年の夏はほぼゴミ出しに明け暮れた。家からいちばん近い粗大ゴミステーションは小さな村のためニーズも少なく毎日開いていないため、そのスケジュールと天気をにらみつつトレーラーに満載のゴミを捨て続けた。

            屋根裏にもしっかり断熱用オガクズが敷きつめられている。屋根を支える部分ももちろん材木
            屋根裏にもしっかり断熱用オガクズが敷きつめられている。
            屋根を支える部分ももちろん材木

             2008年は、部屋を広く使うことができるように必要のない壁を壊し、家を囲む壁に場所によっては三重にも貼り重ねられた古い壁紙をビリビリ、ゴリゴリとはがした。今日では断熱や防音材は扱いやすく効率的な化学繊維製が主流だが、この家が建築された当時はオガクズを使っていた。まるで鰹節の粉ような細かさで壁や天井裏に詰まっているオガクズは、壁を壊すと堰を切ったようにバラバラとあふれ、スキあらば目や鼻に侵入してくる始末におえないゴミ。シャベルですくって大型のゴミ袋に入れトレーラーに積んで捨てに行くこと、数十回だっただろうか? 考えても気が遠くなる。

             でも、今になってみれば「やまない雨はない」のと同じように、「コツコツと続けていればいつかは終わる」ことを実体験することができたのは大収穫だった。


            ≪田中ティナ/プロフィール≫
            2004年よりエステルスンド在住。ライター、カメラ、翻訳業のかたわら、冬はフリースタイルのジャッジとして活動。夏は秋の引越しを目指して夫の母から譲り受けた古民家の改装に夫とともに奮闘中。といっても実態は「かたづけ専門家」
            | 『新居は再生古民家〜スウェーデン流〜』/田中ティナ | 02:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            第2回 ロミタ・影の大黒柱?(後編)
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              不定期連載 「ナマステ!マサラ香るネパール」
              文:うえのともこ(ネパール・カトマンズ)

               近所に住む大家の親戚宅でも、ロミタと同じ年のメヌカという少女が住み込みで働いている。入学が遅れたのだろう。彼女は3年生だ。二人はすぐに仲良しになった。両家を行き来してお互いの仕事先や服を取替えっこしたりもするし、休みの日には泊まって一緒に仕事や勉強をしている。

               ロミタは2階から3階の屋上に抜ける階段の踊り場に置いた木製のベッドを寝床としている。建物内ではあるが、人間の居住空間外である。メヌカが居るときもその小さなベッドで二人一緒に寝る。ベッドの傍に置いた鍵付のブリキの行李(こうり)、一箱がロミタの持ち物。

               天気のよい日にはその行李を屋上に持って上がり、蓋を開け虫干しをする。衣服が何枚かと制服、擦り切れたタオル、通学用バックパックは無償で提供されたらしいEUのマークが入っている。

               その横で日向ぼっこをしながら、小さな黒いビニール袋の口を開き、何本か持っているマニキュアのビンを開け、手足の爪を彩って、うれしそうにおしゃれをしていた。

               敷地内の小さな庭にはレンガが敷き詰められており、その間にしぶとい雑草が根を張って、抜くのは骨が折れる作業だが、しょっちゅう二人して小鍬を手にし、座り込んでこそげ取っている。春先にはおばあさんの指図を受けて、塀のそばの大きく育ちすぎたレモンの木や、屋上まで高く枝を広げたブーゲンビリアを切り落として剪定までしていた。この子達が来てからというもの、草木が伸び放題で手つかずだった庭がすっかりきれいになった。しかし大家の息子の弟分として飼っている犬の糞の処理まで彼女たちがやっているのは「ちょっと違うんでないの?」と首を捻る。

               実はしばらく前に奥さんが、牛飼いの老人にこの庭の手入れを依頼したことがあった。老人は「1日300ルピー、午後のおやつつきで。2、3日で終える」という条件を提示して譲らず、交渉は決裂となり、どういうわけだかうちの通いのお手伝いさんが引き受けて、2日ほど玄関先でおやつを食べていたけれども、大してきれいになったようには見えなかった。今はその仕事をロミタがやってのけているというわけだ。

               おまけに先日は朝から排水溝の流れが悪いのを、メヌカと二人して重いブロックを動かし、汚水と悪臭が漂う中、長い竿のようなもので突付いて流していた。大家のだんなが2階から「ああだ、こうだ」と指令していたので「あれって普通、業者に任せるべき仕事だよね?」と疑問形で夫に告げ口する私なのだった。子どものお手伝いたちは、従順で口答えもしないし、勝手に辞めて出て行きもしない、給料をたくさんくれとも言わないから、雇い主にとっては好都合なのだ。

               ここまで書いたが断っておくと、大家の家族がロミタに辛く当たっているとか、こき使っているというわけではない。十分な食事を与え、学校に通わせ、階段の踊り場ではあるけれど、暖かい布団の寝床もある。洗濯は重労働だが、試験前には勉強時間を多めに与えているようだし、美容院に髪を切りに行かせたり、テレビや新聞を見せたりもしているのだから。庭仕事もたまには奥さんやおばあさんが付いて、苗の植え方や野菜の収穫時期などを教えながら作業している。他人から小さな子どもを預かって、健康面や安全面に気を配り、知識や躾を身につけてやり、保護者として一緒に生活することは社会貢献的な面もある。ロミタにも「シンデレラ」のような悲壮感は微塵もない。潔く自分の境遇を受け入れ、その責任を担い、鼻歌を歌いながら仕事をしている。

               もしかして村の大家族の生活は、学費が支払えず、食べるにも困窮し、布団すらないかもしれない。水汲みや家畜の世話なんかもあるだろう。わたしの希望的推測だが、むしろここのほうが彼女にとって快適かもしれない、そうであってほしい。

               しかしこの年で親元を離れ、毎日休むことも病気ひとつすることもなく、働きながら学校に行っているいるなんて、日本でごく普通の子どもとしてぬくぬくと育ったわたしには考えられないことだし、できもしなかったろうことで、頭の下がる思いだ。それを言葉にして彼女に伝えることができればよいのだが、大家の手前、敢えて伝えるべきことでもなかろうか?などと考え、たまに彼女が一人の時に、レーズン入りの甘いデニッシュや揚げたてのドーナツとか、大家の家庭が出さないようなわたしの感覚でおいしいと思う食べ物を「ハイ、これ食べてね」と差し出して表現しているのだった。もちろんその食べ物にそんなメッセージが込められていることなど彼女は露とも知らないとわかってはいるが。

               ネパールで最近まで何度も再放送されていたNHKの「おしん」は、視聴者の多くが「おしん」を自分に重ね合わせて見ていたに違いない。そして今なおたくさんの「おしん」たちがここに居る。「おしん」同様ロミタが大家一家の影の大黒柱であることをわたしは確信してる。「ロミター?」の呼び声を1日に何度聞くことだろう。ロミタがいなくなれば一家が忽ち困り入ることは明らかだ。

               日がな一日、道端でタバコを吸いながら、飽きもせずにサイコロ賭博をして遊び呆けている大人たちにロミタの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。いや、それ以前に洗濯物が乾いたらさっさと自分で取り込もう、と自戒するのだった。


              ≪うえのともこ/プロフィール≫
               7歳に息子には、親の背中より「ロミタの背中をみて育て」と教えたが、同じ子どもとして彼はどのように感じているだろう?おやつをあげたとこで、ロミタの身の上が変わることはない。単なる私の自己満足であることも承知している。それは物乞いに10ルピー上げて「幸せになって」と願う人のようで、どこかすっきりしないものがあったりも…。ロミタだって本当は甘いパンなんかより、ガッツリとスパイスの効いた食べ慣れたスナックのほうが好きかもね。ブログ「ネパール子ちゃんのナマステ!旅案内」
              | 『ナマステ!マサラ香るネパール』/うえのともこ | 02:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              第147号 夏樹
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                 この5月、2年ぶりに帰国した。いちばん嬉しかったのは、ネット上で知り合った地球丸や海外在住メディア広場のメンバーと、実際に出会えたことだ。

                 私は、人間同士のつきあいは、その人の体温を肌で感じ、視線を重ね合い、一緒に笑ってこそほんものと考えるタイプで、日常的にネットで通信するようになったのは、ほかの人々に比べてずっと遅れていた。お手軽な通信手段には懐疑的だったのだ。

                 それでも今回、ネット上の編集作業で、校正し合ったり意見を交換してきた仲間たちと初めてじかに出会って、すっと心を開き溶け込むことができた自分に気づき、「私も変わったなー」と実感した。

                 なにか共有できるものをみつけた瞬間、人はつながることができる。そもそも「書く」という行為は、共感してもらいたい、なにかを共有したいという思いから発することが多いと思う。最近、新連載が増えてきて嬉しいかぎりだが、「ああ、そうそう、私にもそんなことがあった」と思いながら読んでいると、不思議と自分にも次のアイディアが湧いてくる。

                 私が「地球はとっても丸い」プロジェクトに参加するようになって、もうすぐ3年目に入ろうとしている。ひとりぼっちでは書けない。読んでくれる仲間がいてこそ、言いたいことも生まれてくるものだと、思うようになった。

                (在フランス・パリ 夏樹)

                | こちら、地球丸編集部! | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                第1回 ロミタ・影の大黒柱?(前編)
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                  不定期連載 「ナマステ!マサラ香るネパール」
                  文:うえのともこ(ネパール・カトマンズ)
                  ロミタ

                  「ロミター、エーーー?ロミター??」また2階から大家のおばあさんのだみ声が響く。ロミタは12歳、小学5年生の女の子。睫が濃く長く、目鼻立ちがはっきりしていて、左の小鼻に金色の小さなピアスをしている。1年ほど前のある日、バスで半日ほどの村から我が家の2階に住む大家宅へやってきた。村にはお姉さん3人と弟が2 人おり、すぐ下の妹はカトマンドゥの隣の市に預けられ、ロミタ同様お手伝いとして暮らしているそうだ。

                   この家での彼女の役割は、毎朝の玄関先の掃き掃除、我が家との共同部分にあたる階段の拭き掃除、ミルクや野菜などのちょっとしたお使い、食器洗い、犬の餌やり、庭の草取り、ゴミ捨て、時に洗濯までも。普通の家庭の主婦がする家事全般である。洗濯はもちろん手洗いで、固形の石鹸を衣服に塗り付けしっかりと泡立てて、洗濯ブラシでシャッシャッとこすって、すすいで干すというたいへんな重労働だ。洗濯をする通いのお手伝いがやってくることもあるが、重労働な上、やり方に大家の細かい指図が入るからか、どうも入れ替わりが激しく、欠員時にはロミタが担当している。

                   朝8時に屋上に上がってみると、縦横に張られた洗濯紐にはすでに、洗いあがった洗濯物が揺れていた。大物のシーツやカーテン、ロミタ自身の衣類もレンガの塀の上に並べて掛けてあった。

                   大人のわたしですら家族の洗濯物を手洗いでこなすのは厳しすぎて、お手伝いに委ねているというのに。5人家族の洗濯物は子どもに任せるべきお手伝いの範疇なのか?と大家の常識を疑ってしまう。

                   朝の仕事を終えたら、9時半ごろにはソーダの空ペットボトルに水を入れ、ステンレスのお弁当箱ををぶら下げてロミタは足早に登校していく。

                  「アンティ(おばちゃん・筆者のこと)、わたし行ってくるね」と。

                   カトマンドズの同じエリアで3回住むところを変えたけれど、その3軒すべてにロミタのような小学生のお手伝いが居た。それぞれ家庭の事情があってやってきたのであろう。彼らは住居、食事、教育を提供されながら、使用人として一人前の仕事をする。学校と家の仕事以外は、友達と遊んだり、どこかへ出かけたりということはまずない。年に1、2回お祭りシーズンの休みに、数日だけ実家に帰っているだけのようだ。

                   大家の若夫婦は共働きで、中学生の一人息子はいわゆるエリート校に通っている。日中家には足が弱り杖が必要なおじいさんと、姿勢よくサリーを着こなす矍鑠(かくしゃく)としたおばあさんだけになる。このおばあさんがロミタの教育指導係といおうか、その都度やるべきことを指令する人だ。しかしこの家族一同、すっかりロミタに頼り切っているかのように見える。いや、もはやこの一家、ロミタなしでの暮らしは成り立っていかないのではないだろうか?

                   3時ごろ学校から帰宅すると、ロミタは早速通学用の革靴の中に靴下を脱ぎ捨て素足になり、制服を着替える。彼女の服は「クルタ」といわれるものだが、おおよそ子ども用には見えないシックな柄や色合いで丈も長く、奥さんのお下がりのようだ。たまに着ている男の子用のTシャツや、体育着のジャージなどは息子のお下がりに違いない。着替えを済ませると、室内の清掃、井戸の手漕ぎポンプで水を汲み、庭の草木の水遣りに取り掛かる。それから夕飯の野菜の下ごしらえなんかをおばあさんと一緒にしているようだ。

                   ある午後、お隣のインド人母娘とバドミントンに興じていたわたしたち親子。久々の運動で息が上がったわたしは、横で見ていたロミタにラケットを渡した。上手にシャトルを打ち返し、ラリーを楽しんでいたところ、またまたおばあさんの声が。「ロミター?さぁこっちにおいで」

                   普通の子どもなら「遊びたいから後にしてよ。今やりたくないわ。面倒くさいなぁー」などと口答えすることができるのだろうが、ロミタの立場上それは許されることではない。「ハジュール(はい、わかりました)」とラケットをわたしに返すとすぐにおばあさんの元へ向かった。「今始めたばかりのところなのに、少しくらい遊ぶ時間をくれてもいいじゃないの?」とわたしは心の中でおばあさんに毒づくのだった。

                   3月のホーリー(春を祝う水掛けのお祭り)の祝日は、ロミタも朝の仕事をそこそこに、お隣の子どもたちと水の掛け合いを楽しんでいた。「アンティ、どれでもいからバケツを貸して!」何度も水を汲んでは門のほうへ駆けて、喊声を上げながら攻撃を仕掛けていた。

                   植木の花が満開になったら「アンティ、この花なんてきれいなの?こっちもほら」と赤と白の小さな花を手のひらに乗せてきたり、強風とともに飴玉くらいの大きさの雹が降ったらば、さっと外に走って「こんな大きいの降ってきたよ。食べる人も居るよね?」数粒拾ってわたしに見せる。まだまだ純粋無垢な少女だ。

                   1歳になる息子も体重が10キロにもなって、腕や腰に負担がかかるので、わたしはなるべく抱っこを避けたいと思っているのに、ロミタは子どもを見るなり抱き上げあやし、かわいがってくれる。自分の弟たちをこうやってかわいがってやっていたのだろう。子どもの相手はわたしより上手だから息子も喜ぶ。屋上の洗濯物が乾いたら、もって降りてきてもくれる。共同部分の靴置き場や井戸の周りがきれいなのも彼女のお陰だ。

                                     後編に続く

                  ≪うえのともこ/プロフィール≫
                  ネパールとのお付き合いも10年を超え、時代を逆行するかのようなますますのサバイバルライフにも適応してきている。その点での自己評価はたいへん高い。家電の三種の神器「テレビ、冷蔵庫、洗濯機」(昭和の?ですね)のうち、ネパールで最も普及していないのが洗濯機。ないのが普通。大家の奥さんと「買っちゃおうか?」と思案しているが、この電気&水不足では、単なるでかいオブジェになりかねないと躊躇している。しかし大家には是非とも買っていただきたい。旅行者向けの情報を主に扱ったブログ「ネパール子ちゃんのナマステ!旅案内」も好評発信中!

                  | 『ナマステ!マサラ香るネパール』/うえのともこ | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  第1回 噛まれて心配、噛んでも心配
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                    隔月連載 「ドイツ田舎の幼稚園」
                    文:たき ゆき(ドイツ・キール在住)

                     幼稚園に次女を迎えに行ったら、先生から「話しておかなきゃいけないことがあるの」といつになく真面目な顔で言われたので「これはまた、何かしでかしたかな?」とひやひやしながら話を聞いた。親友の男の子が娘の太ももを噛んだのだそうだ。娘が、火がついたように泣いたので、痛がっているところを調べたら、くっきりと歯形がついていたのだという。まず、娘がだれかを傷つけたのではないことにほっとし、大したことではないこともわかったので、「このこと、男の子の親は知っている?」とそれとなく尋ねた。「もちろん!こういうことはすぐに知らせるのが私たちの義務よ」という答えが返ってきた。ここでわいたひとつの疑問。「あの子のママ、どうして何も言わなかったのかな?」だって、男の子とその母親とは、今さっき園の門のところですれ違って挨拶をかわしたばかりだったから。

                     なんだかしっくりこないこの気持ちはなんだろう。大怪我をしたわけでもないから、謝ってもらいたかったのではない。ただ、反対の立場なら「大丈夫だった? これから気をつけるね」と一声かけるのになぁ、と思っただけである。それが常識だという理解が私にはあるから。でも海外で暮らす身にとって、この「常識」という言葉は特にやっかいだ。自分が普通と思っていることでもこの国の文化や習慣にてらしたら普通ではないということがままにある。こんなとき同じように子育てをするドイツ人の友人たちの存在はありがたい。それとなく何人かに聞いてみた。

                     「黙っているのはね、訴えられたり、慰謝料を請求されたりするのが怖いからよ〜。最近じゃ、ちょっと殴られたりしただけでも、病院に連れて行って診察料を相手の親に請求する人がいるんだから。そういうときのために、みんな子どものしたことも対象になる損害保険にはいっているんじゃない」と、友人のひとりは言った。確かに、家(うち)もそんな損害保険に加入してはいるが、それは誤って何かを壊してしまったり、大怪我をさせてしまったりの場合を考えてのことだ。幼稚園で日常茶飯事起きる喧嘩を想定して保険に入っているわけではない。ドイツでも日常の瑣末な問題でさえもが、お互いの信頼関係によってでなく、金銭によってクールかつクリアに解決される時代に入っているのか、と少しさみしいような、そしてなぜか恐ろしいような気持ちになった。

                     もうひとりの友人は「親自身がびっくりしちゃってるんじゃない? 自分の子が人を噛むなんて思ってもみなかったのよ。Aちゃんのとこなんか、一度他の子を噛んだってだけで親がおろおろして、すぐ子ども向けの心理セラピーに連れて行ったのよ」と答えた。

                     噛んだり噛まれたりすることは、そんなに特別で大騒ぎしなければならないことなのか。個人的には、噛むという行為は、自分の感情をまだきちんと言葉で表現できない年齢の子どもたちがとる怒りの表現だったり、喧嘩での防衛手段だったりするのだと理解しているのだが……。小さいうちは、痛い思いをさせたり、させられたりしながら、ひとを傷つけてはいけないことを学ぶのではないだろうか。
                     
                     最近はドイツでも、子どもが失敗することを大人たちが未然に防いでいるような気がする。危ない遊びは絶対させない、喧嘩をはじめたら取っ組み合いになる前にすぐ仲裁に入る。子どもが遊んでいる間、審判のようにずっと目を離さない親も多い。もちろん、誰も傷つかないほうがいいし、何も起こらないほうが良いに決まっている。でも、ほんとうの痛みや怖さを知らないで、どうして子どもたちが「気をつける」ということを学んでいくのだろう。

                     次女と親友の男の子は、それからももちろんけろっとして仲良く一緒に遊んでいる。でも男の子の母親とは、挨拶はかわすものの、なんとなくぎくしゃくしている。以前のようにこちらが話しかけても、なんとなくよそよそしいのだ。お互いにとっかかりとタイミングを失ってしまったために雰囲気が悪くなる、というよくあるパターンだ。この状況は避けたかったんだけどなぁ、と私がぼやいていると、友人たちは、気が咎めているからうまく対応できないだけ、ほっておくしかない、と言う。幸いドイツにも「時が解決してくれる」という言葉がある。いつかはまた普通に話ができるときも来るだろう。所詮、幼稚園は子どもの世界。子ども同士が仲良く楽しくしていればそれで良い、とひとまず考えておこうかな。

                    ≪たき ゆき/プロフィール≫
                    レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、8歳の長男、6歳の長女、3歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。
                    | 『ドイツ田舎の幼稚園』/たき ゆき | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    146号 長晃枝
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                       140字以内で、今の自分の状況や気持ちをウェブにアップする「ツイッター」が日本でもいよいよ広まってきた。常に情報アンテナを張り巡らし、新しいものをどんどん取り入れる最先端な人々の手から、一般の人々の手にわたったという雰囲気といえばいいだろうか。

                       情報番組では、毎日のように誰かが、ツイッターがどういうものか聞いたり、それに他の誰かが答えたりというシーンが繰り返され、ツイッターをテーマとして取り上げたドラマも放映中。ショップその他のさまざまなサイトを開けば、どこかにツイッターを利用したサービス用のボタンがあるといった様相を呈し、テレビCMなどでも、これまでは「詳しくはウェブで」一辺倒だったインターネットへの誘導にツイッターがツールとして導入される例が増えてきている。

                       かくいう私もほんの数ヶ月前に、友人の誘いに軽い気持ちで乗っただけのはずが、すっかりハマっている。一時期、かなり流行したmixiなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)にはまったく食指が動かなかった私が、である。

                       もっともツイッターの「リアルタイムウェブ」らしさが楽しめるのは、世界中で活躍する仲間たちの「つぶやき」。この地球上のどこかで、いつも誰かが何かをしていて、その様子が常にリアルタイムで伝わってくるからだ。ますます「It’s a small world」を実感させられるこの流れに、しばらくのってみようと思う。

                       (日本・東京在住 長晃枝)
                      | こちら、地球丸編集部! | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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